Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Les derniers mots

パリに数日の予定で上京している義理の母、ジョスリンを誘って、夜のテアトルに出かけた。

 

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場所はモンパルナス。

内容は、有名な作家や歴史上の人物が人生の締めくくりに残した言葉 (les derniers mots /ラストワード) を集めたモノローグ。晴れやかなお題目ではないけれど、軽いコミックに仕立てている。

 

数ある中でも印象に残ったのは、

 

まず、バルザックの逸話。

病床で、自らの著書「人間喜劇」に登場する医者の名前を叫び、早く彼を連れて来てくれ と哀願したそうだ。

夢と真が入り混じり、消え入る前には、ついに真が夢に席を譲った人生。

まさに作家たる dernier mot (最期の言葉)ではなかろうか。

 

オスカーワイルドはシャンパンで乾杯し、「消えようとしているのは、この部屋の壁紙か?それともこの私なのか?」と独りごちたという。

彼の終の住処はパリのホテルの一室であった。消えようとしていた壁紙は、私がこの夏にイギリスで目にしたような、深緑色の、ゆるやかな曲線を描く植物模様などが似合う気がする。毛足の長い絨毯が敷き詰められ、ランプシェードの薄暗い灯りが厳かな、静かな部屋を想像する。意識が遠のくワイルドに想いが重なり、軽い目眩さえ覚える。

 

踊り子にして高級娼婦、そして第一次世界大戦下にスパイの容疑をかけられたファム・ファタルの典型、マタ・ハリ。彼女が12人の銃兵に処刑される直前に口にした台詞はいかに。

両腕を後ろ手にして柱に括り付けられる前に、舞台挨拶よろしく優雅な投げキスを送り、銃を構えた男たちに向かって さぁいらっしゃい とばかりに述べる。

「12人一片に相手にするのはこれが初めてよ」

その伝説が本当であるならば、死を前にして取り乱しもせず、女としての色気の演出を怠りもせず、なんというエレガンス。なんとあっぱれな女性であったことか。ファム (femme 女性) の中のファム。

 

太陽王ルイ14世の公妃、Marie Thérèse d'Autriche は、「私が人生で幸せだったのは、たった一日だけでした」と言い残して人生の幕を閉じた。

それは初夜のことだろうか と、コメディアン(役者)は観客に目配せして見せた。

それともそれは、遥か遠いスペインより心ときめかせて嫁いできた日のことだろうか。最初の子を産み落とした日のことだろうか。

相思相愛の夫婦ではなかった事だけは確かなようだ。

王妃たるもの、悲しいセリフ。

 

そのルイ14世の教育係であった、枢機卿マゼランの最期の言葉は、その位の高さに比べてちょっと情けない。豪華絢爛な自分の住まいの内装を見渡し、つくづく残念そうに言うには、「本当にこれを全て手放さなければならないのか?」

人生の最後に振り返るは、自分の所有物 といったところか。

 

かたや、イタリアよりフランスに嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスの最期は、運命の悪戯そのもの。時の占星術師に、サンジェルマンにて命を落とす と予言され、その名が付く場所を徹底的に避けていた彼女。人生も末期を迎えて病床についたある日、息子がよこした司祭が新顔の若者であったので「そなたの名前は?」と訊ねると、何と「サンジェルマンと申します」と返ってきたそうではないか。

王妃はそれからしばらくして息を引き取ったという。

人生は小説より奇なり。

 

ココ・シャネルはと言えば、散歩の途中に顔見知りとすれ違い、「ご機嫌いかが?」と声をかけられ「お陰様で元気です」と答えた後、やや間を置いてこう付け加えた。「でも、もうしばらくしたら、この世には居ないと思いますわ。」散歩から戻った彼女は、その完璧な装いと完璧なメイクのままソファーに横たわり、そしてその言葉通り、この世を去ったそうだ。

その人生の最後の瞬間まで、常に直感の研ぎ澄まされた女性であったに違いない。

 

第二次世界大戦中に、とあるソルダ(兵士)が母親に宛てた最後の手紙には、観客一同静まり返った。「地に落ちる葉っぱの亡き骸 (les feuilles mortes / 枯葉) が上質なテロワールを作るように、勇敢な我ら兵士の亡き骸は、この大地を豊かに肥やすでしょう。」

だからどうぞ悲しまないで と手紙を結び、名もなき若きポエット(詩人)は、手にしたペンを銃に持ち替え、戦地に散った。

 

Etc, etc...

 

テアトルの帰り道は、濡れた落ち葉が飛び石のように散った夜道を、読書家で博識な義母にいろいろと質問しながら歩いた。

モノローグに登場した人物達の中で、唯一初耳だった Sacha Gitry という人は、一昔前のインテリ派の劇作家なのだとか。

義母の好きな作家はバルザックで、読んだことがないのであれば、例えば peau de chagrin から始めてみるといい と勧められた。

 

本は読みたし、夜は更けし。

 

彼女は明日の朝のTGVで南仏に帰る。車中の友はもちろん一冊の本だろう。次に会えるのはノエルの頃だ。今度は私達がTGVに乗って、南仏まで会いに行く。