Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

L’itinéraire

この海辺の町まで来た経緯を少々。

f:id:Mihoy:20200709083129j:image

 

それは、ロックダウンが明け、更に数日後、100Km以上の移動がようやく許可された日のこと。海に行こうと閃いた。息子を連れて、裸足で海辺を歩きに行こう、と。

とっさに頭に浮かんだのは、昔、今の夫とまだ恋人だった頃に一度週末旅行に訪れたこの町だ。Trouville という風変わりな名前の町で、直訳すると「穴 (trou) 」の「町 (ville)」 ということになる。同じノルマンディーの海沿いでも、周囲の華やかなビーチに比べて、こじんまりとちょうど良く鄙びていて好感を抱いた場所。文字通りの穴場なのだ。

 

取り敢えず宿を二箇所押さえ、息子が夏休みに入るのを待つ間、海の見える宿にするか、浜辺から歩いて3分の宿にするか、しばらく迷った。結局、前者は階下に大きなテラス付きのレストランが併設されていたので、裏通りに位置するより静かな後者を選んだ。ところがその思惑は見事に外れることになる。

 

当日、ホテルに着くと「空き部屋が出たので少々アップグレードしました」と、幸か不幸か最上階の屋根裏部屋を充てがわれた。傾斜する屋根に天窓がついたこじんまりした部屋で、町の屋根という屋根が見渡せる。明るく小綺麗で文句はないのだけれど・・・。

カモメというのは、声が大きく相当お喋りな鳥だと知ることになった。屋根の上で、朝な夕なに賑やかにお喋り。何がそんなにスキャンダラスなのか、揃ってきゃーきゃー悲鳴を上げて大騒ぎだ。今までは気が付かなかったけれど、その会話の端々に、まるで高笑いするような「カカカカッ」という滑稽な音まで挟む。

夜はとうに日が暮れても甲高い声でお喋り。(その日暮れだって10時を回る頃なのだ。) 会食好きで夜更までテラスでお喋りに興じるフランス人に似ている。ところが更に、カモメのみなさんは、朝は日が昇る前からけたたましくお喋り。これにはさすがのフランス人だって負けてしまう。こんな調子なら、階下にレストランがある宿の方が少なくとも早朝はよっぽど静かであったに違いない。お陰で、ベッドは寝心地が良いにも関わらず、夜はなかなか寝付けず、朝はまだ暗いうちに叩き起こされた。息子だけはどこ吹く風で問題なくスヤスヤ。音に敏感でないのは、得なこともあるものだ。

まあ、そんなこんなも旅の一興。

 

ところで、ここまで来る過程で、「行っておいで」と旅の後押しをされるような兆しが一つ二つあった。古今東西様々な文人達がこの小さな町に魅せられ、この地を経過してきている。そんな事も旅立つ直前になって知った。

ここは、ボヴァリー夫人で有名なフロベールのゆかりの地でもあるらしい。パリに来たばかりの頃、フランス語の授業のディクテでフロベールの小説の抜粋が出て印象的だったのを覚えている。フェリシテという派手な名前にそぐわず、いとも質素で私欲と呼べそうなものが一切ないお女中さんの話だった。バージニアウルフの本と合わせて、埃を被ったフロベールのその小説 (Trois contes) も引っ張り出して鞄に詰めて来た。本当は、やはりこの地を訪れたという某現代日本人作家さんの本も携帯したかったけれど、入手が間に合わなかったので諦めた。

本を読む以外は何もしない旅にしよう。

 

今年の夏こそ、ゆっくり読書の夏にしたいものだ。