Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Taille de guêpe

旅の余韻 その3

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ひと昔前のご婦人方は、こんな風におめかしして Trouville の海辺を散歩していたようだ。19世紀後半から20世紀初頭の話だ。なんと優雅な!この時代の人々のエレガントな装いには、いつも感嘆させられる。

 

鉄道が敷かれ、遠くに移動する足が整った時代、ブルジョワ層の人々の間に海水浴や海水療養が流行した。(旅に持参したフロベールの小説にも、病を患わせた女の子がこの町に療養に訪れるくだりがあった。) ノルマンディーの海辺は避暑地として空前の賑わいを見せるようになる。Trouville はその走りだ。シルクハットを被り、胸ポケットにハンケチを覗かせた紳士達、手に日傘、胸には幾連にも重なるパールをぶら下げ、レースのたくさん付いた長いスカートの裾を抓んで歩くご婦人方が、海辺をそぞろ歩いていた。カジノやホテルやレストランが出現し、昼間は砂浜に、夜はガス灯の元に人々が集ったのだろう。

この絵を見たのは、町で唯一の小さなミュゼ (musée / 美術館) の中。遠い時代にひとたび想いを馳せた。ミュゼの窓の外には、静かな海と、数々の文豪が滞在したホテル La Roche Noir (ラ・ロッシュ・ノワール / 黒い岩) が見えた。

 

それにしても、この額縁の中のご婦人方の腰のくびれの細さといったら!まるで砂時計だ。絵に多少の誇張があるにせよ、当時の女性たちがコルセットで胴を縛り上げていたのは事実だ。気絶する女性が多かったり、気付け薬を携帯していたりしたのも、このコルセットのせいだ。まさに、お洒落は命がけ?

フランス語で、細くくびれたウエストの事を taille de guêpe (タイユ・ドゥ・ゲップ / 雀蜂のウエスト) と呼ぶ。ウエストのキュッと引きしまったメリハリのある体型の女性への褒め言葉になる。先日、我が家のバルコニーで食事をしていると、エサを求めてこの雀蜂が飛んで来たのだけれど (彼らは肉食だ) 、なるほど上半身と下半身の間に透明な隙間があるのかと見間違えるような体の作りをしていた。

タイユ・ドゥ・ゲップは、きっとこのコルセットの時代に生まれた表現に違いないと、真相はともかく、ミュゼの一連の絵を眺めながら1人頷いた。

 

学生時代の制服でさえ窮屈に感じていた反逆精神の強い私。この時代に生まれていたら、そんな私でもやっぱりコルセットを締めていたのかしら。それとも、時代の波に逆らっていたのだろうか。

時代が人に及ぼす影響というのは、昔はあんまりピンと来なかった。でもいつの頃からか、たとえ心理描写ばかり続く小説を読んでも、絵画や彫刻を見ても、あるいは人間の性格でさえも、実はその人の生きている時代の「時の影響」からは逃れられないのだと悟るようになった。一体、今の時代の私たちは、遠い未来の人達の目にどんなふうに映るのだろう。そんな知る由もないことを、波の音をバックに漠然と考えた美術館での午後だった。