Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Première neige de l’année

土曜の朝、外が白く明るい。


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見ると雪が降っていた。

窓の外は、お菓子作りの粉砂糖をふるいにかけたような景色だ。

 

今年から息子に毎週末マテマティックを教えに来てくれるエディーに熱いお茶を出し、久々に積もりそうだねと窓の外を眺めながら話した。

息子が雪らしい雪を見るのはこれが3度目。1度目は、フランスから飛行機で東京に到着した日のタクシーの窓から見た名残雪だった。私が母を亡くした時のことだ。実家に着くと、居間には母の活けた春色のチューリップが咲いていた。2月のことだった。

2度目の雪はパリだった。何年前だったか思い出そうとしていたら、咄嗟に「それは2017年の雪だね。たくさん積もったのを覚えている」とエディーが答えた。その年の雪の日に起こった出来事を思い出している様子だった。彼の大雪の記憶は、一体どんな思い出と結びついているのだろうと思ったけれど、訊かなかった。

 

先日、通りかかったフローリストの店先に青紫色のお上品なセントポーリアの鉢が5ユーロで売られていたので、衝動買いした。私が小学生の頃母が育てていた。日本でもフランスでも、80年代あたりに急に知名度が上がって大流行した花だそうだ。

大学の頃、仲の良かった男友達と鎌倉に住む彼の叔母さんの家に遊びに行き、そこでも窓辺に色とりどりのセントポーリアが咲いていたのを思い出す。手の掛かる気難しい花だと知っていたので、この家の人は緑の指を持っているのだなと感心したのを覚えている。

確か直射日光を嫌う花だったと記憶しているけれど、自分で育てた経験はない。店員の若いムッシューに指示を仰いでみた。「そう、直射日光は避けて、だからと言って暖房の効いた室内はダメね。セントポーリアと言えば絶対に屋外。とにかく外で育ててくださいよ!」よくぞ聞いてくれましたとばかりに得意げに答える。

温室育ちのイメージがあったので意外だった。場所が変わると育て方も違うのかも知れない。これは貴重な情報を得たと思った。それにしても、明るい日陰を好み、寒さに強い?一体どこから来た植物なんだろう?北欧かな?

 

ところが気になって家に帰って調べてみると、正体は別名をアフリカスミレとも呼ばれる熱帯の植物だというではないか。ジャングルの樹々の下、苔むした大地に根を降ろす。湿度のある明るく暖かい場所を好む。当然寒さには弱い。その上、絶対に葉を濡らしてはいけないという。ムッシューの「絶対に屋外」は un grand n'importe quoi  (とんでもないデタラメ) であった訳だ!

実はこういう話は非常にフランスらしい。いい加減なフランス人と言うべきか、会話自体を楽しむ人達と見るべきか。話の内容の正当性よりも、その話術、説得力、理由なき自信が話者の売りであったりする。その場では、芝居がかった会話の活気の良さを楽しむに尽きる。そして、そこで得た情報の信憑性については、後で確認するに尽きる。そういうことだ。危うく雪の日に南国育ちのセントポーリアをバルコニーに放っておくところだった。

 

それにしても、まるで一生の恋に落ちるかのように、とある植物にすっかり魅了されてしまう人というのがいる。セントポーリアが一時期ブームを呼んだ背景には、そんな情熱的なボタニスト達の存在があるようだ。

ちょうど今、Botaniste という題名の本を読んでいる。出版当初に手に入れたけれど、そのまま一年近く積読してあった。おととい、ふと表紙の帯にある著者の写真と目が合って、そのまま読み始めるに至った。機が熟したという感じ。

昔から、そして、この頃ますます植物が気になる。これからの世界の鍵を握っているのはきっと彼らだという気がしている。

 

今日を境に、フランス全土で外出制限時間が2時間繰り上がった。18時以降、パリの街は雪の毛布を被って眠ったような静けさだ。