Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Merci pour le gâteau

春はまだ来ないと書いた途端に急に暖かくなった。


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つい数日前はマイナスだったのに、今日の気温は18度。2月にしてすでに4月の最高気温だ。

 

午後、息子が友達のアランの家に呼ばれたので連れて行った。約束の時間に教わった住所を探して行くと、すでに建物の下で彼が待っていた。「マダム、お急ぎでなければ、うちのママンとカフェでも一杯いかがですか?」と、ちょっと大人ぶって丁寧に提案する様子が可愛らしい。「アヴェック プレジール!」(喜んで) と答えて、一緒にアパルトマンの上の階に登った。

こういう機会はいつだってアヴェックプレジールだ。息子がご縁で仲良くなった友人は少なくない。アランは何度かうちに遊びに来ているけれど、息子が彼の家に呼ばれるのは今日が初めてだった。我が家にデポジットに寄った彼のパパはチラリと面識があるけれど、ママンにはお目にかかったことがない。

 

小柄で少しぽっちゃりとしたアランは、我が家の息子とは比べ物にならないほどしっかりしている。ウェーブの効いた黒髪に大きな黒い瞳のマグレブ系の顔立ち。明るく物怖じしない性格で、大人にも至極積極的に話しかけるところが微笑ましい。賢くてとても良い子だ。彼のママンは一体どんな人なのかしらと興味津々だった。

エレベーターに乗っている間中、アランは「飲み物はカフェがいいですか?テにしますか?あ、カフェですね?分かりました。エスプレッソですか?アロンジェ(アメリカン風の薄いカフェ)ですか?」と、給仕が注文をとる要領で続ける。子供というのは面白い。

 

玄関のドアを開けると、にこやかに待っていたのは頭にスカーフを被ったふくよかな姿の女性だった。アランから彼のご両親がアルジェリアの出身であることは聞いていた。それである程度の雰囲気はイメージしていたのだけれど、スカーフについては予想外だった。

出身国の習慣を文化として部分的に取り入れているマグレブ系の友人はすでに何人かいるけれど、いわゆるイスラム教信者の知人というのは今まで私の周りにはいなかった。カトリック系の学校に通い、フランス人そのもののアランの姿からは、スカーフを被ったママンの姿はちょっと想像し難かった。

 

子供達がアランがノエルのプレゼントに貰ったというホバーボードで遊んでいる間、私は居間のテーブルで自家製のガトーをご馳走になった。さっきエレベーターで注文したカフェ・アロンジェもちゃんと出てきた。モダンなインテリアの居間は非常にすっきり片付いていて、ママンの頭のスカーフに比べて特にエキゾチックなムードはない。敢えて言えば食器棚に飾られたアラビア風の銀製ティーセットだけが、辛うじて異国情緒を醸しているくらいだった。

 

アランのママンはフランスに住み始めて10年だと言う。パパは20年ほど住んでいるというから私と同じくらいだ。パリはどうですか?暮らしやすいですか?と聞くとニッコリして、花の都のパリだもの、この街に住めて嬉しいですと答えた。もちろんコロナが現れてからはあまり面白くないけれど、それはどこに居ても同じこと。

彼女の頭部を覆うスカーフは比較的ルーズに巻いてあって、街で時々見かけるような、ピッタリと隙無く引っ詰めていかにも「隠しています」というような厳格なタイプではない。それでもこのご時世とあってはマスクまでしなければならないので、結果的には顔の大部分が隠れてしまう。それにも関わらず、テーブルの向かいに座ったママンは表情豊かで温かみのある女性だった。しかしそれにも関わらず、スカーフ姿の女性の姿は正直なところ私には多少の違和感があった。きっとここが自由を愛する国フランスだから尚更なのだ。これが彼の地であれば、郷に行っては郷に従えで、ひょっとしたらもう少ししっくりするのかも知れないけれど。

 

土曜だというのにアランのパパは見当たらない。「夫は仕事が忙しくて週末もいない事が多い」とのたまう。どうやらママンが常に一人で子供達や家を切り盛りしている様子だ。これがフランス人女性であったなら、パパは間違いなく責められていたに違いない。アランの自慢のママンは、お料理上手でおおらかなオリエンタルの女性なのだ。

頂いたガトーの味を褒めると、デザートはいつも手作りするのだと言いながら嬉々として過去の写真を色々見せてくれた。和食も大好きで、いつか日本に行ってみたいそうだ。はじめてのアジア旅行として数年前に家族でタイに行く予定があったのだけれど、ちょうど2人目を妊娠してしまったので取りやめたのだと話す。「色々面倒ですからね」というセリフを聞きながら確かにと頷いたけれど、それはひょっとして「旅先では女性のジネコが見つかるとは限らない」という意味だったのかしら?と、後になって思ったりした。確か、イスラム国の女性は男性医による診察を受けられない筈だ。

彼女の妹さんも日本が大好きなのだとか。学生の時分に、とても優秀だったので奨学金を受けて海外に出るチャンスを手にしたのだけれど、なにせイスラムの女性は色々と複雑で、日本は遠くて文化も違いすぎると反対を受けて結局諦めたのです と、相変わらずニコニコしながら、それでもつくづく残念そうに話した。自国への愛着と、女性には不利な文化であることを認める口調との両方が微妙な具合にせめぎ合っていた。

 

 

夕食の席で、息子が席を外していた隙を意図的に狙って夫に今日の一抹を話すと、案の定の手厳しい反応が返ってきた。フランスに移住しておきながら自分の国にわざわざ帰って結婚して相手を連れて来るのは、integration の失敗例、あるいはその意図がない証拠だ と。もちろんアラン個人はいい子に違いないけれど、社会としてはそのようなファミリーの在り方は少なからず問題がある と。思った通りの反応だ。彼らしい。

言わんとするところは分からなくはない。フランスの現状を見ると正論であると思う。それと同時に、同じ文化を土台にする人と一緒になりたい人の気持ちも分からなくもない。ただ、そういう人が多すぎるとこの国がフランスらしくなくなってしまうから、数の問題かも知れない。結局、お金や仕事に惹かれてやって来てはみても、文化はそう簡単には受け入れられないケースが多いということか。

 

一つの事柄を前にした時、個人としての見地と、社会全体のそれとはしばしば食い違う。視界が狭い私はあくまで自分としてしか物が言えないタイプだけれど、政治好きな夫は社会的な全体像を優先してものを考える。どちらが良い訳でも悪い訳でもなく、どちらもそれなりに正しいのだと思う。今回のような文化の話題は、だからこそなかなかに複雑だ。

 

今夜は春一番の風が吹いている。

息子の冬休みは、残すところあと1週間。