Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Blue Monday ?

雨の月曜日

 

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街路樹のマロニエの葉が黄金色に色付き始め、雨に散ってタピスリーのように歩道を覆い、詩情がある。秋のパリの風物詩のひとつだ。

 

ブルーマンデーとはよく言ったもので、月曜の朝は息子の寝起きがすこぶる悪い。肌寒い季節に入り、雨降りの朝とくれば、なお一層ご機嫌斜めだ。その気持ちは分からなくもないけれど、時間を気にしながら叱咤激励するママンの立場も辛いものだ。

 

息子を学校に送ったその足で、今日は町医者の診療所に向かった。

十年以上、いや、考えてみたら二十年近く、お医者さんなんてものには一切罹ったことがない。この辺りで一度くらい総合的なチェックを入れておいた方が賢明だと友人ギレンヌに勧められ、予約を取った次第だ。

女性の体はデリケートだ。病気らしい病気こそしていないけれど、疲れが溜まって、ママンという「職業」にほぼ付き物の好ましくない症状が身体に出ることは時々ある。周りを見渡しても、体調を崩した同年代の知人友人がチラホラいたりする。ギレンヌの言う通り、先手を打って用心するに越したことはない。

 

彼女によると、件のドクターは中国系フランス人の女医さんで、ご自身も現役のママンであるので話が通じやすく、対応が細やかだとのこと。行ってみると、細身で若い女性のドクターだった。想像していたよりも神経質そうな顔立ちで、几帳面な応対。マスクの上に覗く一対の黒い目、その上の眉間には、真剣な面持ちのせいでやや皺が寄っている。

職業上のほとんど事務的な質問の中に、「結婚はされていますか?夫婦関係は良好ですか?ご主人様は協力的ですか?」というのがあって、印象的だった。まいにち顔を合わせるパートナーとの関係性は、心身の健康と切っても切り離せないという訳だろう。

 

一通り体調の「気になる点」を挙げ、血圧やら呼吸やら喉やお腹やらを診てもらう。全く問題なし。ちょっとした症状は、全て、疲れやストレスによる典型的な症状だろうと言う。

万が一処理しきれないストレスが多いと感じる場合は、サイコテラピーを受けたり、一時的に安定剤を飲んで凌ぐという手も、タブーではなく一般的な手段としてあるのだと患者に話していると言う。確かに、サイコテラピーはフランスでは非常にメジャーで、猫も杓子も通っている印象がある。

私の場合、薬やテラピーが必要な状況には置かされていない。幸い心理的な部分はもともと強靭であるけれど、サイコロジーではなく、リアリティーが変わらなければ疲れやストレスも変わらないだろうと返すと、妥当だと思ったのか、思わず笑ったドクターの眉間の皺が解けた。

 

診察を終えた待合室の壁に、不眠症に効果的な鍼治療の張り紙があった。写真を撮り、最近眠れないと言う友人に送ってみた。さっそくかけてみたところ、電話に出た受付の人に「なんの話かさっぱり分からない。そんな電話を受けたのは初めてだ」と返されたそうだ。まったくフランスらしいと苦笑した。

 

家に帰ると、昼食を取る暇もなく「雨漏り修理屋」がやって来た。これで4度目くらいのヴィジット。毎回違う分野の業者がやってきて、ああでもないこうでもないと議論しては、壁を壊したり、床を叩いたり、あれこれやっては帰っていくのだけれど、天井の水漏れは未だに解決していない。

 

今回の業者は、外壁の修復を担当する2人の若者だった。20代前半くらいだろうか。金髪をシニョンに結えた青い目の青年と、肩まで伸ばした癖っ毛をニット帽で押さえた若者のコンビ。大声で賑やかにやって来て、我が家の天井を見て大袈裟に驚いてみたりする。「ありゃりゃ、マダム、これは酷いね!」オーバーアクション気味とは言え、明るく元気がいい。「愉快な仲間」といった風の2人で、修理屋というよりも劇団員みたいだ。話しているうちに、つられてこちらまで元気になってくる。私の周囲にあまりいないタイプだけれど、気立のよい青年達でなかなか気が合った。

 

被害を一見した後、2人のうちの1人、ジュリアンと名乗る金髪の青年が、アパルトマンの最上階に登ってそこからコードを垂らし、雨漏りしている箇所の壁を修理し始めた。バルコニーに出て見上げると、雨上がりの青い空をバックに、ジュリアンが壁の崖にぶら下がって作業している。笑顔が眩しく頼もしい。学生時代にロッククライミングしてたんでしょう?と訊くと「当たり!」。それで、好きが高じてこの職業を選んだって訳ね?と続けると「その通り!」と笑った。高所も怖くないのだと言う。凄い特技ね!と褒めると、スパイダーマンははにかんでいた。

 

フランスの若者は、概して子供ぶった態度をあまり取らない。日本では、ほんの二、三歳年が違っただけでくっきりと一線を引かれて奇妙な思いをすることがあるけれど、こちらではそういう経験をすることがない。今日の2人の態度も、礼儀正しくはあっても、決して私を「向こう側」には置いていないと感じた。歳の差があっても「同じ側」にいるのだ。そんなところも、この国の心地良さのひとつだと思う。愉快な輩と笑いながらのやり取りが気分転換になって、朝方のブルーが吹っ飛んでしまった。

 

 

結局、元気になるためのちょっとした「お薬」は、日々の生活のそこらじゅうに散らばっているものだ。その中でも、人と触れ合うことが一番効き目があるのは間違いない。誰かと一緒に笑ったりしていれば、たったそれだけのことの積み重ねで、自然と、万事オーライモードに戻るものだ。時々、年齢や環境や性別の違う人と話すのも、よい刺激になる。

ブルーマンデーは結局ハッピーマンデーに終わった。