3月3日
と、書いて気付いた雛祭り

まるで春キャベツのような球形をした、薄紫色のチューリップのブーケを買った。
無数に重なった花びらが少しずつ解けてゆく様がたまらなく贅沢だ。
チューリップを買うと、決まって「水は花瓶に少しだけ入れてくださいね」とアドバイスを受ける。水をたくさん入れると、茎がクネクネと四方八方に曲がって行儀が悪くなるのだ。飲みすぎて収拾が付かなくなるなんて、なんだか人間みたいで可笑しい。
もっとも、オランダの花畑で咲いているような並んで直立しているチューリップよりも、あっちこっち好き勝手な方向を向いて好奇心旺盛な感じのチューリップの方が私は好きだけれど。だから花屋のアドバイスには有り難くウイウイと返事しておいて、家に持ち帰ると「さあどうぞ、お好きなように踊ってください」という気分で花瓶に水を多めに入れて放してやる。
それにしても、チューリップはどうやって花瓶の水の量を確かめるのだろう?どこかに目があるみたいで面白い。足元の水が少なければ控えめな態度を取り、多ければたくさん吸い上げて大胆になるだなんて、目どころか立派な頭脳だってありそうだ。いや、あるに違いない。
夕食時、世界情勢に強い夫に、勃発したばかりのイランの戦争の事を訊ねてみる。フランスはアメリカを支持する意思を表明したばかり。軍事介入に踏み込むのだろうか?友人キャロリーヌの長男は軍隊に入っている。気掛かりだ。長引く大戦になるのだろうか。
昼間、黒スーツに黒ネクタイ姿のマクロン大統領が、黒い戦艦を前に国民に向けて演説した。気になるのは映し出される映像が男性一色であること。戦争とはそういうものか。
父性で世界を押さえ込もうとする世の中から、母性で導こうとする風潮にもういい加減になってくれないものかしら。カップルにしても社会にしても、「男は優しく、女は強く」というのがヒューマニズムの世の理想だと思うのだけれど。
11月に日本からパリに遊びに来る予定の友人が、中東経由のフライトのため懸念している。11月と聞いて、それまでにはとっくに終わっているだろうとタカを括る夫。ただし「復讐のテロが起こる可能性は否めない」とのこと。過去にフランスで史上最大の被害を出したテロは、実にイランの集団によるものだったと。「まあそのうち、どこに居ようと関係なくみんなやられるかも知れないけどさ」と、お終いの決定打。核兵器を持っている限り、もちろんのことだ。まったく私達はなんておこがましい生き物だろう。
テーブルの上のチューリップを眺める。
植物の賢いところは、戦わないことだ。生存争いはあるにしても、相手を暴力的に傷つけて戦うことはない。彼らはもっと静かな生き方を選んだのだ。私たちよりよっぽど賢くて美しいなと思う。
今夜は血の月と呼ばれる赤い満月が出ると聞いていたが、空には銀色の月が冴え冴えと光っている。ただ、黄昏時の西の空はいつになく赤い不思議な色をしていた。
先週末に親知らずを4本抜いて大騒ぎした息子の経過は順調。右の頬だけまだ腫れているのが、もう春が来たというのにハシバミの実をまだほっぺに蓄えているリスのようでどこか可愛らしい。彼のように微塵も逞しさのない怖がりな男子が生まれてきたのは、ひょっとして世の救いだったりして?と、雄々しく物騒な戦争のニュースを片目にふと冗談ながら思った。そういう発想の転換があってもいいかな、なんてね。