Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Miss Hibiscus

ハイビスカスを眺めていて、今更のように気が付いた。


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この花は芙蓉の仲間なのだ。

鮮やかな色のインパクトが強いので、今まで細部に目がいかなかったのだ。

花や萼の形、アイロンがけしていない木綿のちりめん布のような花びらの質感、中心に据えられた軸の様子、葉の厚さやギザギザ具合、どこをとっても芙蓉に間違いない。疑う余地さえない。

多少の違いを挙げるとすれば花の開き具合で、しおらしく微笑むような芙蓉に比べて、大柄なハイビスカスは屈託なく開けっ広げに笑っている感じだ。姉妹でも性格や華やかさが随分違うのだ。

 

先週初めてモーヴ(葵)のティーを試したばかりだったので、その直後の日曜日に、友人がハイビスカスの鉢を携えて訪ねてきたのは素敵な偶然だった。素性を調べた訳ではないけれど、葵もハイビスカスも、きっと同じ芙蓉一族の娘たち。

「パリで育つかしらと一瞬思ったけれど、このアパルトマンは日当たりがいいからきっと大丈夫だろうと思って」と言いながら、友人はピンク色の紙に包まれてリボンのかかった鉢を手渡してくれたのだった。覗き込むと、明るい黄色のハイビスカスだった。とても嬉しい。

 

友人を家に招いた理由は、彼女が現在アパルトマンを探しているからだ。どうしてアパルトマンを探しているのかと言うと、離婚が決まったからだ。なにも珍しい事ではない。実際に、周囲の友人知人のほぼ 2人に1人は離婚している。今は半数を占める程度だけれど、子育てがひと段落したら、夫婦は解散するのが今後の主流スタイルになるのではないか と密かに予見している。それが妥当だとさえ思う時もある。

 

親愛なるハイビスカスの贈り主はワーキングマザーで、私の貴重な友のひとりだ。毎日オフィスワークと並行して2人の子供を抱えて忙しい。その上、初めてまったく1人で、それも異国の地にアパルトマンを購入せざるを得ないのだから、心細いことは想像に難くない。そう、彼女は私と同様にパリのエトランジェール (外国人) なのだ。目星を付けている物件の購入までのプロセスに、不明な点や解決すべき事が幾つかあると言う。その一方で、現在のアパルトマンを出る期日は既に調定で決まっている。その日が刻一刻と迫っているという訳なのだ。

 

私の義理の姉アンは不動産に興味がある人で、その分野にとても詳しい。現在の職に就いていなかったら、建築家か不動産屋になっりたかったと言うくらいだ。めでたく自分の家を手に入れた後も、暇さえあれば定期的に周囲の不動産をチェックしている。更に彼女には、不動産屋で働く仲良しの友人フローレンスがいる。その心強い二方のマダムを家に招き、夫も加わり、みんなでハイビスカスの友のための相談会議を開くことにした。こういう話は、なるべく現地の人間の味方が大勢いた方がいい。

 

1人では右往左往して時間ばかり取られるところを、詳しい人間がほんの数人も集まると物事は格段にスピードアップする。手紙の書き方から、ローンの組み方、銀行とのやりとりのノウハウ、物件の値段を交渉すべきか否か、目を付けた物件が売りに出されてどのくらい経っているか、価格調査に周辺地域の情報集め。作戦会議はトントンと進み、お茶を囲んだ和やかな雑談を含めても、3時間足らずで最後の詰めに入った。ソファーに座ったアンが膝の上に私のノート型パソコンを置き、話し合った内容をカタカタ打つ。あれよあれよと言う間に、購入申し込みの非の打ちどころのない手紙が仕上がった。後はそれを送るだけ。

印象的だったのは、手紙の締めだ。

最強マダムチームの入れ知恵で、「この購入申し込みは48時間有効です」と締めた。つまり、家主は手紙を受け取った後48時間以内にウイかノンか白黒ハッキリした返事をしなければならない。早急な返事がなければ却下しますよ と、釘を刺しておくのだ。時間にのんびりなフランスらしい。これくらいの脅しを入れなければ、延々と返事を待たされるなんてことになりかねない。友人と私は顔を見合わせ苦笑し合った。外国人の私達2人が頭を寄せ合っても、とても思いつかなかっただろう。郷に入っては郷に従え。物を買うときにも、強気な「売りの姿勢」だ。

 

別れというものは、例えそうなる事を望んでいたとしても、やはり特別にビターテイストなものだと思う。子供が居れば更に状況は複雑で、自分に痛みがなくても、親にとって子供の傷は自分の傷よりも痛い。

それでも、新しいアパルトマンが見つかったら、その窓に新しいカーテンをかけ、壁に好みの新しい絵を飾り、そこに少しづつ自分の空間を再築していくことができれば、やがてそこから新しい一歩を踏み出せるはずだ。新しい空間。新しい生活。新しい時代。それは悪くないことだ。

 

もらった黄色いハイビスカスは、まるで悩みなんてこの世に存在しないみたいに、今日もパーッと明るく鮮やかだ。彼女がめでたく新しいアパルトマンに落ち着いたら、どんな花を持って行ってあげようかな と今から考えいる。