Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

La vie des autres

マルセイユでの3泊はアパルトマンを借りた。

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ぜんぜん知らない人の生活を垣間見る宿だ。

鍵を渡すために待っていたのは、アパートの住人ではなく別の男性だった。私達と同年齢くらいだろうか。日に焼けて筋骨たくましく、長身、短髪、腕には流行りのタトゥー。生粋のマルセイエ (marseillais) といったいった風貌だ。

アパルトマンは小さな通りに面した一階。外出する時は窓の鎧戸を閉め、ドアの上下に付いた鍵は両方とも施錠するようにと言って、ジャラジャラした重い鍵の束を手渡してくれた。そう、ここはフランス。その上、マルセイユなのだ。

 

アパルトマンの持ち主は、若いシングルマザーのようだ。先ほどの男性はその恋人だろう。ビヨークに似た女性と小さな女の子のモノクロ写真があちらこちらに飾ってある。

女の子の部屋のドアは堅く閉じられていて、赤い色鉛筆で塗りつぶした「立ち入り禁止」の貼り紙がしてある。よく見ると「ノックして名前を言ってください」と小さな字で補足してある。スペルの間違いが微笑ましい。禁じられたドアの向こうには、知らない子に触られたくない大切なおもちゃがあるのだろう。ママンは他人にアパルトマンを貸して平気でも、女の子の部屋は、あくまでプライベートな砦なのだ。

 

台所には壁に沿って半円のテーブルがあって、キッチュな花模様のクロスがかけてある。椅子は二脚だけ。ここで親子で毎朝プチデジュネを取るのかな?冷蔵庫の横の引き出しには、ガトーの型が大小たくさん入っている。きっと、おやつによくケーキを焼いてくれるママンなのだ。

窓際には灰皿。フュムーズ (fumeuse / 喫煙者) 。でも、その横の食器棚には、オーガニックの蜂蜜やドライマンゴー、瓶に入ったキノアやチアシードが並んでいる。子供の口に入るものには気を遣っている様子だ。

 

玄関や居間には、今時探してもなかなか見つからないアールデコ調の重厚な家具が据えられている。使い込まれた木目が美しい。こういうのは大抵、おじいさんおばあさんのおさがりだ。

 

メインの寝室は、懐かしいベビーパウダーの香りがする。ドレッサーの上に置かれた本の一冊は「幸福論」で、もう一冊は「幸福の落とし穴 / Le piège du bonheur」という題名。思わず手に取って読んでみたくなる。

 

お茶目だなと思ったのは、居間の窓縁にサボテンの鉢がずらりと並んでいるところ。観音開きの鎧戸は古くてしっかり閉まらないので、観葉植物というより、きっと防犯のための代替策として配置してあるのだろう。なにしろ、空き巣や泥棒の多いこの国のこの街で、アパルトマンの一階で、ママンと娘の2人暮らしのようだから。おや、ここのウチは鎧戸が開いてるね、じゃ、ちょっと窓から失礼、と上手く忍び込んだも束の間、チクチク刺されてアイタタタ!作戦。

 

バスルームの洗面台の鏡には、劇作家サミュエル・ベケットの言葉が写真入りで飾ってある。

Quand on est dans la merde jusqu'au cou, il ne reste qu'à chanter. (にっちもさっちもいかない時は、歌っちまうしかないさ)

毎朝毎晩、これを見ながら歯磨きするのかしら。

 

玄関のフォトフレームには、深いスリットの入った黒いドレス姿の女性の写真が飾られている。向かいに男性が座り、パンプスを履いた女性の片足を持ち上げ、その足首にキスしている色っぽい写真だ。フレームの縁には、切手大の女の子の証明写真が挟んである。出会った頃のママンとパパの姿かしらん。ママンになっても、こういう写真を誇らしげに飾る色気のある女性であり続けるあたり、いかにもフランス人らしい。

 

バスルームには、シャワーの横に大きなヘチマタワシがぶら下っていた。フランスでは他所でお目にかかった事がない。キッチンの棚には和風の急須もひとつあったから、もしかしたら、日本に旅行したことがあるのかも知れないなと思った。