Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Dîner sur les sables

砂の上の食事


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義理の母を誘い、夕方の海辺に繰り出した。

幅の狭い砂浜は人でびっしり。腹這いだったり、仰向けだったり、思い思いの格好で甲羅干ししている人々の間を縫って歩く。なんとかスペースを見付け出して、肩から提げていたアイスボックスを下ろし、敷物を敷いて陣取る。それから後はもうほとんど動かない。ほんのちょっと体を海に浸してみるけれど、地中海の水は今日もひんやり冷たい。

 

20時近く、日がだいぶ傾いて涼しくなり始める頃、人々は1人また1人と引き上げていく。私達が砂の上の食事を始める頃には、閑散とした理想のビーチになった。空はまだ充分明るい。

 

気が付くと、海の左手に見える小高い丘の上に、何やら灰色の雲が停滞している。また火事かしら?と義母が呟く。そう言えば、ここへ来る道すがら数台の消防車とすれ違った。いや、さっきの消防車群は、海の右手の山火事を消火して帰っていくところだったのだと、ニュースに詳しい夫が言う。砂浜を散歩していた人たちも、立ち止まって丘の上の空を眺めている。オレンジ色の消火ヘリコプターが数機飛んでいるのが見えた。サントロペの方角がまた燃えているらしい。

 

「また」と言うのには訳がある。夏の南仏に山火事は付き物なのだ。毎年驚くほど頻繁に起こる。季節行事の一つかと思ってしまうほどだ。その実に半分以上は人為的な原因によるものと聞くから、呆れてしまう。タバコの吸い殻が火種になったり、ピロマン (pyromane 放火魔) なんて傍迷惑な悪戯者も居るらしい。乾燥した空気と灼熱の太陽でパリパリに乾いた草木は、あっという間にメラメラ燃え上がってしまうのだ。大抵の場合、被害は住宅地には及ばないのがせめてもの救いだ。

 

対岸の火事を遠目に、静かな海辺での食事。山火事の話題の後、義理の母にパリのアパルトマンの水漏れの状況を聞かれたので、近況を知らせる。南仏は火の災い。パリは水の騒ぎ。苦笑してしまう。「水漏れ騒ぎは、収拾に相当な時間がかかるわよ。管理会社にハラスメントの勢いで連絡を取らなくてはダメ。それくらいしないと、動いてくれないものよ!」と覚悟を促された。やれやれだ。

 

ワクチンの話題にもなった。ワクチンでウィルスを消滅できると当初は希望を持っていたけれど、世界人口の9割に摂取の必要があるだなんて、とても実現可能な話ではないと分かり始めた と、義母は落胆の様子を見せる。彼女の周囲を見ただけでも、Antivax アンチバックス と呼ばれるワクチン反対派の人々がいるくらいだ。義母の友人アンドレアは、以前、とあるワクチンを摂取した後から体調が悪くなり、病弱になった。「アンドレアはワクチンが原因だと考えているらしいけれど、そんな訳ないじゃない!」と憤慨する。夫も「そんな根拠はどこにもない」と、それに賛同する。親子だなぁと思った。

少し話して、日がとっぷりくれる前に砂浜を後にした。

 

夜、夢を見た。

東京の実家の窓から見える向かいのマンションが、火事で燃えている夢だった。子供を火から守ろうとしている親の姿が見えたところで、朝の光が届いて目が覚めた。

息子の様子を見に行くと、まだスヤスヤ眠っている。ホッとする。

なんとなく気になり父にコールしてみると、元気そうな姿。胸を撫で下ろした。

先日、目の手術受けた父は、今月一杯は一切の運動が許されず、家に閉じ籠っている。再三のロックダウンだ。

 

他界した母だけが、浮世のあれやこれやの騒ぎを静かな対岸から眺めているのだろう と、時々思う。