Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Galette orientale de Sonia

ソニアのガレット

 

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先日のこと。

ガレットを焼くからお茶においでと誘われ、二つ返事で飛んで行った。

ガレットにもいろいろあるけれど、ソニアのそれは、スムールという粒の大きい小麦粉を練って作る、パンに似た「素朴なガレット」だと言う。昔童話で読んだ、イギリスあたりのお百姓さんのお茶の時間に出てきそうな焼き菓子をイメージする。それを作りたてに呼んでもらえるだなんて、わくわくする。

すぐにドアを叩ける距離に友達がいることは幸せなことだ。私はもともと「小さな世界」に向いている人間なんだと思う。約束なんてしなくても、「おいで」と言われれば「行くよ」と答えてすぐに会える。そんなシンプルさが気に入っている。

 

到着してみると、裾の絞られた黒いパンタロンに、胸元にリボンの付いた黒いサテンのブラウス、頭にはスパンコールで縁取られたお揃いのサテンの三角巾を巻いて、すらりと背の高いソニアはアラビアンナイトに登場する踊り子のような姿で、台所で麺棒を転がしてガレットをのしていた。「お洒落な格好で料理するのねぇ」と感心すると、「普段着よ」と可笑しそうに答える。頭の小粋な三角巾は、料理をする時の彼女のお決まりのスタイルなのだそうだ。プロポーションの良い人は、何を身に付けてもお洒落に見えてしまうから得だ。

 

ソニアのガレットは、どこかオリエンタルなガレットだ。いつか、サハラ砂漠を舞台にした小説の中で、ラクダ乗りが砂の上で器用に平たいパンを伸ばして焼くシーンがあったけれど、それを思い出すのはソニアがモロッコやアルジェリアにルーツを持つからだろうか。

材料は、スムールとオリーブオイルと塩。それだけ。見ている目の前で手早く適当な厚さに伸ばし、ナイフで切ってはフライパンで焼き、小さなバスケットがみるみる一杯になった。

焼き立てに蜂蜜を付けて頬張る。なるほど、素朴で温かく、カリッとした表面に狐色の焼き目が付いて、これは美味しい。

お茶は、北アフリカのカビリー山脈が産地の、Zaatar という名の香草茶をいただいた。タイムに似た香りがする。少し苦味があり、蜂蜜をたっぷり付けたガレットとよく合う。

そして、マグカップを片手に、束の間のアラビア語の発音レッスンに突入した。例えば、H を発音しないフランス語とは逆に、アラビア語の H は口から強風を飛ばすようなアクセントの効いた発音をする。私の名前の Miho などは、アラビア発音ではミィホッと強調されて、自己主張の強い人みたいね と話して笑った。

フランスで生まれ育ったソニアは、流暢なアラビア語を話す訳ではないけれど、簡単な言葉は分かるのだそうだ。フランスで生まれ育った私の息子の、日本語の感覚と似ているかも知れない と想像した。

 

それにしても、台所に立つ彼女は、早回しの映像でも見ているように動きが敏捷で早い。感心するほど、とにかくよく動く。私が一歩動く間に、キッチンを三往復している。スタイルの良さは、台所での日々のスポーツ活動のお陰かも知れない。

いつ呼ばれてみても、料理が出来上がる頃には同時にキッチンが片付いている。惚れ惚れするような手際の良さ。彼女は私のお手本だ。

料理をしながら流しに汚れた食器を放置しそうになる度に、私は「ソニアだったらどうする?」と自問して、一瞬の隙間の時間を逃さず即座に片付けるようにしている。

 

人生のお手本になるような友人がいることは、心強いことだ。特に、少し年上の素敵な女友達というのは、これからの自分の在り方を考える時の指標を示してくれる。

ソニアに感謝。