Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Cher Monsieur Proust

浸して食べる というのは、フランス人好みの食べ方の1つと言えよう。

 

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フランス語では、tromper (トロンぺ/浸す)、あるいは mouiller (ムイエ/濡らす、湿らせる)という言葉を使う。

 

フォークもナイフもスプーンも使わず、つまみ食い や 食べ歩き と同じカテゴリーに属し、時として軽いマナー違反にも当たりそうな、でもそこが醍醐味のいたずらっぽい食べ方。

でも考えてみたら、かの偉大な太陽王ルイ14世も手を使って食事をしていたと言うから、この食べ方がフランスで妙にしっくりくるのは、ここがご当地だからかも知れない。

話が逸れるが、ルイ14世はグリンピースが好物だったと聞く。味もさる事ながら、あの小さなエメラルド色の一粒一粒を指で摘んで食すのが、もどかしくも遊び心があって気に入っていたのではなかろうか と想像する。

 

浸して食べる に話を戻そう。

 

お皿に残ったソースをパンに染ませる

スープにパンを浸す

カフェにビエノワズリ(菓子パン)をちょこっと浸す

半熟卵の黄身にもパンを

そして

紅茶にはマドレーヌを

 

拝啓

親愛なるプルースト様、

今朝はカフェで、貴方好みのプチデジュネと決め込んでいます。半熟卵のムイエット(細切りバゲット)添えです。

 

半熟卵の上の部分を、もういいかい?と訊ねる要領で、スプーンの背で軽く数回ノックします。モザイク状に亀裂の入った殻を指先でそっと摘んで剥がします。ここでなぜかいつも私は、頑丈そうな卵にみるみる亀裂が入って、中から恐竜の赤ちゃんが出てくるところをイメージしてしまいます。きっといつかどこかでそういった映画でも観たのでしょう。それが脳裏に残っているのでしょう。それはともかく、無事に殻が取り除かれると、ゼリー状の半透明の白身が顔を出します。核心までスプーンを入れます。すくい上げると、その下に目の覚めるような黄金の黄身が顔を出します。小さなお日様を掘り当てた気分になります。塩を小雨よろしくパラパラっと降らせて、棒状に切ったカリカリのバゲット(mouillette)を浸し、とろりとした黄色いマグマのようなそれをすくって口に運びます。お日様色が喉を通ってお腹に収まれば、1日の元気がみなぎります。

 

プルースト様、貴方ならこの食べ物をどのように表現したでしょう?

その香りや食感で夢想に誘うマドレーヌと違って、あざやかな黄色で覚醒さえ起こす、この宝探しのような食べ物を。

 

浸る行為を極めて、溺れてしまった食べ物もあります。

Pain perdu パンペルデュは、文字通りに訳すと行方不明になった(道に迷った)パン とでも言えましょうか。たっぷりのカスタードクリームに浸かっているうちに、二度と沖に上がることなく正体を眩ませてしまったパンのお菓子です。

 

ブーランジェリーのウィンドウなどで見かけると、その名前のせいでつい買ってしまいたくなるガトーの1つです。なんと言うことはない、英語で言うところのパンプディングに当たるもので、売れ残りの硬くなったパンを再びウィンドウに並べるための、いわば二番煎じのお菓子だと知っていながらも。