Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

La force de papier

昨晩の外出制限の勧告に重ねて、致し方なく外に出る場合は、如何なる理由であれ「許可書の持参」が義務付けらることになった。

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買物でも、体力管理のための運動をするにも、犬の散歩や子供を散歩させるのにも、とにかく、徘徊するお巡りさんに出会ったら許可書の提示を求められる。不携帯の場合の罰金は38€ と昼間の報道は伝えていたけれど、1日の終わりにはなんと138€にまで跳ね上がった。エピデミー騒動で働けない人達のサラリーは全て国が補償すると豪語してしまったはいいけれど、国庫が心細いのを懸念して、せめて罰金を釣り上げよう思い付いたのだろうか。どちらにしても中途半端な金額だなぁと首を捻るのは私だけだろうか。日本人としては、四捨五入してすっきりさせたくなる。

許可書 (autorisation) って?買い物に行くのに一体誰が許可するの?と聞くと、自分で一筆したためればよいとのこと。その雛形も出回っているのだとか。自分で自分の許可書を書くなんてなんだか冗談のようだけれど、大真面目な話である。早速、項目にチェックを入れるだけの雛形を、明日からの外出用にプリントアウトしておいた。

紙は強し。日本人にとっての言霊信仰にも少し似て、フランスでは、口頭で述べるだけでは無効な事柄が、紙上に文字という形で記された途端に、魔法のお札のように効力を得る傾向が非常に強い。何にしてもパピエ(papier/ 紙) が求められる。

 

「ニンジンを買いに行く必要があります」と物々しく書いた紙に自らサインを入れ、強面の警官に提示して「よろしい」と道を通してもらっているマダムのカリカチュール (風刺画) が友人から携帯に送られてきた。笑ってしまう。

 

スーパーのビールを置いている棚には、「コロナ(ビール)2本お買い上げのお客様に、もれなくモールシュビット(Mort subite :即死の意。ブラックチェリー風味のビールの商品名) をプレゼント」と張り紙がしてあったり、フランス人はこういったニヒルな笑いを誘うブラックユーモアが好きだ。

因みに、甘く芳しいフルーツビールの名前がなぜ「即死ビール」なのかと言うと、こちらの人間は、病みつきになりそうな食べ物のことを「une tuerie 殺人的(に美味しい)」と形容したりするので、そんなところから来ているのだろう。

 

とにもかくにも、これから毎日、買い物に行く度に、息子を外に出す度に、自筆の許可書に日にちとサインを入れて携帯しなくてはならない。面倒であるし、単なる紙の無駄遣いだと溢すと、まさにそれが政府の目的なのだ と、ニュースとくれば一つ残らず耳に入れている夫に即答された。外出を自粛せよと言い渡したくらいではまだ危機感の薄いフランス国民だから、もっと厄介をかけて外出を抑える必要があると判断しての事だ、と。なるほど確かに。

今回の制限措置の指示が曖昧で、陳腐ですらあるのは、エピデミーを抑えるためにラテン気質の呑気な国民を操作しようと試みつつも、個人の自由はあくまで尊重しようとする、デモクラシーの国フランスならではの苦肉の策ということか。

「外出禁止を要請します でも外出禁止とは言いません その上例外も認めます その場合は紙に一筆言い訳を書いて持ち歩いてください」と言ったところだろうか。

大統領のテレビ演説の、お決まりの締めゼリフを思い出す。

Vive la République, Vive la France (ビバ・レピュブリック、ビバ・フランス)  

その信条は、間違いなく、私がこの国を心地よく感ずる理由の一つだ。

 

と、これを書いている途中、外が何やら賑やかだ。日は暮れているし、外出制限が出て表は閑散としている筈なのに、何の騒ぎだろう?拍手や掛け声、口笛が向かいや横の窓から聞こえてくる。こういう騒ぎは、サッカーかラグビーの試合でフランスのチームが得点を入れた時と相場が決まっている。エピデミー騒ぎでスポーツ競技は軒並み中止のはずなのに、おかしい。夫に尋ねると、彼も首を傾げる。

それからやや時間が経って謎が解決した。医療の現場でエピデミー感染者の看病に当たっている人達に対して、夜8時にバルコニーから一斉にエールを送ろう というムーブメントが静かに波紋を広げているようだ。こういうところも、いかにも人間味のあるフランスだ。