Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

L’art de la répartie

冷蔵庫が空っぽになったので買い物に出た。

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天気の良い土曜日。

ロックダウン中とはいえ、晴れた日はやはり雨の日よりも人手が多い。散歩や運動が目的の外出の場合、自宅より半径1キロメートルまでと決められているけれど、生活必需品の買い物であれば距離は特に制限されていない。なので、買い物にかこつけて時々少し遠くまで歩くようにしている。

 

近所の大手スーパー Monoprix は、店内の人数制限が行なわれている現在、いつも長蛇の列ができているのでパス。その少し先にある中型スーパー Carrefour City も結構待たされそうなので通過し、さらに先にある品揃えの良いオーガニックショップまで足を伸ばした。La queue de cerise (ラ・ク・ドゥ・スリーズ/ サクランボのしっぽ) という一風変わった名前の店で、家から距離にして1キロちょっとの所にある。

 

入り口に4人ほど並んでいた人たちの後ろに付き、順番を待つ。午後の日射しが温かく、街路樹の新緑は眩しく、イヤホンを着けて音楽を聴いているので、少しくらいの待ち時間は苦にならない。自動ドアには、入店はお一人様ずつお願いします と張り紙がしてある。店内から1人出ては1人入る。

 

あともう一人残して私の番になった時、向かいからガラガラと買い物カゴを引きずって恰幅の良いマダムがやって来た。何度か近所で見かけたことのある、私があまり得意ではないタイプのマダムだ。身なりは正しいし、何が「得意でない」のかは、全くの偏見であって理由を上手く説明しかねるのだけれど。とにかく、そう思わせる何かを漂わせている人だ。そして、この偏見は果たして誤りではなかった。

 

マダムは、私の前でいよいよ自分の番を待っていた長身の女性に「私は70歳だから先に入れてくださる?」と入り口を指差し、猫撫で声で交渉し始めた。言い方は丁寧であるけれど、当然の事を主張しているようなトーンで明らかに太々しい。見ると確かに、お一人様ずつ云々の横に「平日の昼間は70歳以上のお客さま優先入店」の張り紙がある。平日の昼間は人が少ないからだ。しかし、今日は土曜日。交渉された女性はそれを説明してピシャリと断るが、相手はしらばっくれた様子で更に押す。自称70歳だってそもそも怪しいものだ。体つきもたくましく、そんじょそこらの青白い若者よりもよっぽど生命力が漲っている。とにかく、マダムと女性はお互いに一歩も引かない。やがてマダムは、店員の若い男性が出てきたところを捕まえて、押し問答の間に入ってくれるよう頼み始めた。何もそこまで頑張らなくとも、と呆れる。

そうこうしているうちに店内から1人出て、件の長身の女性はとうとう最後まで譲らず、マダムを路上に残したままとっとと自動ドアの向こうに消えた。パリジェンヌ、強し。

 

残された若い店員は閉口した様子。「次にお待ちの方の判断に任せます」と、不意に私に投球して来た。相変わらず強気のマダムは首をくるりとこちらに回し、猫撫で声に上目遣いまで加えて「先に入れてくださるぅ?」と尋ねてきた。語尾をめいいっぱい伸ばして。

イヤホンで耳を塞いで聞か猿に扮していたのだけれど、ここは仕方なく片方を外し、「それなら、まぁお先にどうぞ」と返す。相手が相手なので、一応、声に「今回は特別ですよ」というニュアンスを込めておいた。

Merci !! とマダムは、感謝しているという風ではなく、いかにも勝利した風に店内に入ってゆく。店の自動ドアがほんの一瞬凱旋門のように見えた。やれやれ。

 

外したイヤホンを再び着けようとすると、今度は、私の後ろで待機していた黒人の女性が口を尖らせた。「あなたは寛容かもしれないけれど、そんな風に先に通しちゃ、私が困るわ。」見ると、気が付かなかったうちに後ろに並んでいる人の数が増えている。彼らは総じて一連のやり取りを観察していたに違いない。マスクをしている面々もあったので表情が読み取り辛いけれど、「そうだそうだ、困るぞ」という目つきの人と、「ま、いいではないか」という眼差しの人が入り混じってこちらを見ていた。

「所詮たった1人の年配のマダムですし、説明したところで引き下がらないタイプと見て取ったので」と、肩をすくめて自分なりの言い訳をした。そう、言い訳 なのだ。私は寛容な訳ではなく、相手を見て面倒を回避しただけに過ぎない。

 

そんな時、譲るべきか?譲るべきでないか?

ようやく自分の番になり、「マダムの凱旋門」をくぐりながら思った。

 

どちらにしても、双方しっかり意思表示するお国柄は、実は私は嫌いではない。手強い相手に言い返す言葉を考える時、ある種の健全な戦闘意欲が湧いて、脳味噌がフル回転するのに喜びさえ感じる時もある。

 

L'art de la répartie

何をどう言い返すか

 

気の利いたセリフを咄嗟に返すのは、フランス人が得意とするアートの一つだ。

譲るにしても、可愛げのない相手には胡椒をピリリと効かせるとか、譲らないにしても、そこにユーモアを込めるとか。

今日の私のマダムへの対応は、ちょっとアートが足りなかったな と今更ながら思う。