昨日の話には続きがある。
買い物を済ませ、帰り道の坂道で立ち止まって街路樹の新緑を眺めていると、
Excusez-moi Madame ! と背後から声がかかった。
振り返ると、道路を挟んだ向こう側に、分厚いウールのカーディガンを羽織ったお爺さんが立っている。この界隈でいわゆる偏屈ムッシュウとして知られている人だ。決して悪い人ではないのだけれど、近くにいる人を捕まえては、挨拶がわりに文句や屁理屈を並べているのをよく目にしていた。
やれやれ。今日はどうやら、そういう星回りの日であるらしい。
道路を挟んで一体何を言い始めるのだろう?と、思わず身構えると、「今日はバスは走ってますかねぇ?」と訊ねてきた。見ると、私はちょうどバス停の横に立っていた。バスを待っているのかと思ったのだろう。
ここを通るバスは週末は運営していないことを思い出し、「今日はバスはありませんよ!」と返事をする。距離があるので大声になる。
「やっぱりそうですか。ありがとう!」とだけ言って、ムッシュはあっさり坂を降りて行った。拍子抜けするほど極めてまともな会話だった。大した情報を提供した訳でもないのに、ムッシュウの最後の Merci にはちゃんと気持ちが込められていた。
なんだ、いい人じゃない、偏屈ムッシュウ。
後ろ姿を見守った。
家路に付きながら思った。
買い物先で会ったあの太々しいマダムも、いつも文句を並べて煙たがられている偏屈ムッシュウも、実は誰かと何か話がしたいだけなのかも知れない。そういう不器用な方法で、彼らなりに人に近付こうとしているのかも知れない。そう思うと、なんだか急に親しみさえ覚えた。
ウィルスが猛威を振るう中、年配の方々は私達よりも更に一段と気を遣わなければならない毎日だ。フランス政府は、子供たちが親愛なるお爺さんお婆さんを訪ねて感染を招かぬよう、悲しいかな、なるべく年配者に会いに行かないように勧告している。ハグやビズ (ほっぺに軽いキスの挨拶) の習慣もご法度である。
どうか、独り暮らしをしている人達が淋しい想いをしませんように。
また平和に、偏屈ムッシュウが人を捕まえて屁理屈を並べられる日がきますように。