Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Les pierres dormants

それは、数日前のこと。


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美術館と言うよりは、鉱石の標本室と呼んだ方が正しいようなミュゼに足を運んだ。

その場所は、カルチエラタンのとある大学の構内にひっそりとある。洒落た理科室のような場所で、古めかしくムードはあるけれど、いわゆる美術館と呼ばれる類の色気はない。

色々な形、様々な色、世界中のありとあらゆる場所で採掘された「石」が、延々と整列したガラスケースの中にごろごろ展示してある。気が遠くなるほどたくさんだ。中には、サファイアやエメラルドといった価値の高い石もあるけれど、なにせ原石というものは目立たない。磨かなければ貴石も宝石にならないのだ と思った。

 

二十歳そこそこの学生と、逆にすっかり落ち着いた年齢の人達と、来館者の年齢層が両極端に分かれていたので、私のような中間層の人間が珍しかったのか、標本室の案内人のムッシューにいたく気に入られ、始終くっ付いて来て説明をしてくれたので得をした。

 

日本原産の、サムライの刀のような形をした銀色の鉱石や、正方形がいくつも合わさったような幾何学的な石、フクロウの目のように見える深淵なオニキス、箱に密閉された危険なアスベスト、中世の僧侶達が写本をする顔料に使った金色の岩、そんな珍しい石を次々に見せてもらった。頼みもしないのに、他の来館者のところに行っても、すぐにまたヨーヨーのように戻ってくる。

気に入られたついでに、そのうち、あっちのガラスケースへこっちの棚へと誘導するのに手を握りはじめ、終いには肩に腕を回し、何やらあからさまに嬉々としている。繰り返しのロックダウンとソーシャルディスタンスのお陰で、フランス人としてあるまじきことに異性とのコンタクトがさぞかし欠けていたのだろう。ここぞとばかりに挽回を図ろうとしている様子が滑稽で、なんだか可笑しくなってしまった。

 

好きな石はなにかと聞かれ、オパールと答えたら、化石と化した木の表面に薄く結晶したものや、岩の一部に溶け込んだような巨大なオパールの前に案内してくれた。

すると、ちょうどそこに居合わせた年配のマダムが足を止めた。「まあ、大きなオパール!私の母が、オパールは縁起が悪い石だって言ってたけれど、本当かしらね。」

驚いた私が振り向いて聞き返すと、「きっと、光によって色がすっかり変わるからだと思うわ。母は持っていたオパールのアクセサリーを叩き砕いていたわ!」と、腕を振ってそのジェスチャーを真似して見せる。衝撃的だった。私もムッシューもそんな話は初耳だったので、目を丸くして顔を見合わせた。薄明かりの燈った台所のテーブルの上にオパールを載せ、その上から石の乳鉢を両手で振り落とそうとしている女性の姿を垣間見た気がした。オパールの声なき悲鳴が聞こえてくるようだった。

マダムのママンは、変化というものを忌み嫌う、ひと昔前の古風な女性だったのだろう。それにしても、一体そのオパールは、どんな濡れ衣を被されて砕かれてしまったのだろう?ひょっとして、愛する旦那さまの移り気だろうか?

私は、私の母の形見の無垢なオパールの指輪のことを想った。マダムのママンの振り上げた腕からその指輪を守る気持ちで、思わず一瞬ぎゅっと目をつぶった。

それぞれの母。それぞれのオパール。それぞれの解釈。石にも人間のように運命というものがあるようだ。

 

それにしても、マスクで半分隠れたマダムの顔付きは、どこかしら東洋的な雰囲気を醸している。長いコートにすっぽり身を包み、短く切った白髪の両側には、控えめな金の耳飾りが覗いていた。

会話がてら「失礼ですが、どちらのご出身ですか?どこかエキゾチックなお顔立ちとお見受けしますが」と訊ねると、意外にも生粋のフランス人だと答える。「でもね、アジアの血が入っていそうだって、みんなに言われるの。目元が少し切れ長でしょ?でも、私の知る限り、先祖にアジアの人間は1人もいないのよ」と微笑む。

オパールの逸話といい、シノワーズ (中国人) を思わせるアジアティックな顔立ちといい、不思議なマダムとの出会いだった。

 

最後に、ブラックライトの元で光る鉱石群の棚も眺めた。幻想的な光景だ。発光のメカニズムは、原子が落ち着きなく動く種類の石なので、それが外からの光を捉えるのだと言う。論理的には理解できるけれど、実際には想像に難い。不動の代名詞のようにじっとしている石の内側で、実は何かが絶えず動き回っているだなんて。生命と呼べるものがなくても、自ら動くことができるだなんて。科学が何をどう説明してみても、この世が不可思議で満ちていることに変わりはない。

 

帰り際には、氷砂糖に似たカルサイトという名の菱形の石を記念にもらった。薬としての石の逸話を集めた地味な書物を気まぐれに購入して、その場所を後にした。

鉱石に魅せられている昨今だ。宮沢賢治のように。