Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Le rapporteur voyageur

旅する分度器のはなし

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それは4年くらい前のこと。

友人マリンに、日本の “エケー” と “ハポルター” を買ってきてもらえない?と頼まれた。 エケーって?ハポルターとは?聞いたことのないオブジェだと思ったら、何のことはない三角定規 (équerre) と分度器 (rapporteur) のことだった。当時の私には全く縁のないオブジェだったので、初耳のフランス語だった。

 

フランスで評価の高い日本のスグレモノの一つに文房具がある。

日本の筆記用具は断然書き味が良い。日本の消しゴムは感心するほどよく消えるし、ノートは種類もデザインも豊富だ。逆に言うと、フランスの文房具は極めてオーソドックスで、その上値段も高い。筆記用具に至っては、利き手に筋力が付きそうなほど使い勝手が悪かったりする。モンブランの万年筆でも手に入れようものなら、もちろん話は別だけれど。

 

デカルトやパスカルには睨まれそうだけれど、マリンの注文から想像するに、フランスの三角定規は五角形だったり、分度器は不透明だったりするの?と、からかった。日本製の文房具は使い易いものね、と誇らし気に言うと、すかさずマリンに「それがね、お目当ての品は日本製ではないのよ」と苦笑された。「デンマーク製なの。」

 

聞くと話はこうだ。

彼女は図形の苦手な自分の息子の為に、人間工学的デザインの使いやすい ”エケー” と “ハポルター” を買い与えたのだけれど、彼は学校でそれを紛失してしまった。紛失と言っても、「クラスメートに盗まれた可能性が高いの」と不満気に洩らす。致し方なくもう一度同じ物を探したけれど、デンマーク製のその製品は、残念ながらもうフランスでは扱われていないのだそうだ。ところが、調べているうちに地球の反対側のジャポンに卸している事が分かった。そこで、ジャポネーズの私に白羽の矢が立ったという訳だ。

今度は盗まれないように、カラーは派手な黄色でお願いね と頼まれた。そして、お代はユーロ計算で多めに請求してねと。

地球が地球儀大になったような、ちょっと目の回るような凄い時代に私達は生きているのだなと思った。

 

そういった経緯で、お隣の国、デンマークの三角定規と分度器を日本で買い求め、フランスに持ち帰った訳だけれど、ついでに我が家の不器用な男の子にも同じ物を一揃えしておいた。

 

あれから時は経ち、日々息子の宿題を観ているおかげで、今では私はエケーとハポルター (何度も繰り返していると、“サイモン & ガーファンクル” みたいだなと思う) どころか、鋭角も鈍角も、分子や分母も、普段の生活ではなかなか使わないフランス語のボキャブラリーばかりがすっかり増えた。

 

今日の算数の宿題では、その長旅の分度器が初の活躍を果たした。人はすっかり旅をしなくなってしまったこの頃だけれど。