Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Une révolution dans l’armoire

もう決めた。そして簡単に撤回できないよう、ここに宣言しておこう。

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過ぎたばかりの先週はまったく公園三昧の日々だった。息子の学校が一日置きにしかないので、体を持て余している彼を動かす必要があったのと、久々に公園が開放されたのと、初夏に向かっているのとで、どうしたってそちらの方に足が向く。ロックダウン生活の反動でもある。学校のない日は毎朝パンを買いに行くついでに息子と遠回りして公園を横切り、宿題の合間の休み時間の代わりにまた連れ出し、週末は夫も一緒に総出で公園に繰り出した。近所の公園はすっかり我が庭。

 

土曜にそのマイガーデンの芝生の上にひっくり返って甲羅干ししていると、お向かいに住むベロニックとパトリック夫婦も子供たちを連れてやって来た。ベロニックはお医者さん一家の生まれで、ウィルス騒動の動向やワクチンについて一連の情報を提供してくれるので有り難い。この度世界を震撼させたコロナという強者は、感染テストをしても結果は確実とは言えず、同じ屋根の下で暮らす家族のうちでも罹る人と罹らない人がいることもあり、しかしその理由は分からず、罹っても症状のまったく出ない人から死に至るケースまで幅があり、話題のクロロキンという薬は百害あって一利なしで、ワクチンを開発するのには2年近くかかるだろうということだった。つまり、その正体は未だによく掴めず、打つ手も相変わらず見つかっていないということのようだ。

 

パトリックと夫は互いの仕事の話をした。2人とも携わっている仕事の分野がら今回の危機では難を逃れたけれど、周囲にはまともに影響を受けた人も多い。観光業や飲食業ばかりが話題になるけれど、もともと羽振りのよくなかった安い服飾店などは軒並み倒産なのだと夫が言い、私とヴェロニックは C'est vrai ? (セ・ヴレ?/ 本当?) と同時に聞き返した。例えば近所にある小さな服飾ブティックなどは、再開店してから以前よりお客の入りがいいように見受けられるので意外だった。ここで巻き返せないものなのだろうか。「でも」と、ヴェロニックが口を開く。「こんなにたくさん質の悪い着ない服が世の中に溢れているのもおかしな話で、職を失った従事者の人達には気の毒だけれど、それって元々必要なかったモノなんじゃない?」確かにそうだと思った。

 

まだ中学生か高校生くらいの頃、将来の職業をぼんやり想像して、広告のコピーライターという仕事に興味を持った事がある。短い言葉のインパクトで人の心をキャッチしようとする挑戦が面白そうだと思った。それによって、たいして売れなかった商品まで売れてしまうかも知れないのだ。でも、消費者が本当は必要としていない物や、自分がいいと思っていない物まで魅力的に宣伝しなくてはならなかったら、どうしよう?言葉の魔法には興味があるけれど、所詮はマネーゲームの世界なのだ。そう思って、その業界には結局全く足を踏み入れなかった。(もっとも、例え踏み入りたくても入れてもらえたかどうか怪しいものだ。)

要らないものをこれ以上増やすシステムは、きっとここで一度考え直したほうがいいのだ。それによって経済的な打撃を被ってしまう人達が、うまく時代に合った別の方向に転換できますようにと願いつつ。

 

その日のヴェロニックは珍しく、いつものTシャツ姿と違い、胸元に刺繍が入っていてノリの効いた素敵な白いブラウスを着ていた。公園の芝生の緑とよく合って、涼し気でお洒落だ。そう言って褒めると、ちょっと照れ臭そうに微笑んだ。洋服ダンスの中に以前職場で着ていた真っ当な服が何着も眠っている事に今更気がついて、久々に腕を通してみたのだと言う。そうなのだ。ママンとか主婦とかいう名前の、雑用係も兼ねた「仕事」に従事するようになると、クローゼットの中で一番どうでもよい服が制服になりがちなのだ。そんな習慣がロックダウン生活で更に極みに達していた私だった。

この辺りで一度、どうでもいい服を思い切って地下のカーヴに封印して、クローゼットにちょっといい服ばかり数着残してそれを着るよう自分を強要してみるっていうのはどう?と、女同士でキャッキャとはしゃぎ合った。

革命だ!洋服ダンスのレボリューション宣言なのだ!