Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Pierres précieuses

絵描きのアデルは石を集めている。

 

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貴石ではなく、草入り水晶や、水辺で拾うような石を。まるで物思いに耽っているような、朧げに模様が入っている石が好みのようだ。そこからインスピレーションを得て、墨絵のような詩的な絵を描く。

 

しとしと雨降りの日、そんなアデルと一緒に、ビジュー (bijoux 宝石) の展覧会なるものに足を運んだ。

お目当ての博物館は、雨で人気ない植物公園の一角にある。花壇には雨粒をいっぱい載せたバラやダリアが美しい。こんな機会でもなければ、雨の日のジャルダンを愛でることなんてきっとなかっただろうけれど。

 

展覧会場には、自然な形の原石から、宝飾職人が技を凝らしたビジューまで豊富に展示されていた。照明を落とした会場に、キラキラ輝く宝石の数々が浮かび上がって幻想的だ。

 

アデルは、ダイヤモンドのビジューを前にする度に頭を上下左右に振っている。そうすると煌めきがよく見えるのだと言うので、私も試してみた。確かに!2人揃って頭を振る。子供じみていて可笑しい。

 

日本の宮沢賢治ではないけれど、石にインスピレーションを得た文学作品はフランスにも存在すると知った。展示物の横に、アンドレ・ブルトンやジョルジュ・サンドの作品の抜粋がある。読みたい本がまた増えてしまった。

 

まるで風景画のような模様の石板もあり、心惹かれる。眺めていると、山や森や、人影まで見えるから不思議だ。遠い想像の世界に連れて行ってくれる。

 

どんな石が好き?と訊ね合って、アデルと私は好みが似ていることが分かった。ピカピカ光る石よりも、趣のある石、複雑なカッティングが施された高価な宝石よりも、ミステリアスな原石の方を好む。

フランスの東の果ての森の中にある彼女の実家では、土を掘ると時々アンモナイトが見付かると言う。綺麗なものを幾つか大事に保管しているそうで、いつか私に見せてくれると約束してくれた。小学生の頃、クラスメートと切手やシールのコレクションを見せ合う約束をした時に感じたのと同じワクワクを味わう。子供じみていて楽しい。

 

まるで「わたしを見て」と言っているような、大粒の石が光る指輪や、どこの国の女王様の所蔵物なんだか知らないけれど、貴石をふんだんに散りばめ、宝石をたわわにぶら下げた豪奢なネックレスなども展示されている。ため息が出るほど美しいけれど、ずっしりと重そうだ。身に付けたらたちまち肩が凝って、すっかり深刻な気分になってしまいそうだ。だいたい、こんなものを持っていたら心配で夜も眠れやしない。高価な宝石を持たない身軽な私達はつくづく幸せね!と、捨て台詞を吐いて笑い合った。当の豪華なネックレスは、ガラス越しに不本意な思いで私達の会話を聞いていたことだろう。

 

奇遇にもアデルの伴侶はピエールという名前で、フランス語の石 (pierre) という言葉と同音異議語である。彼女の一番大切な貴石はきっとピエールなのだろう。

展覧会の後はレストランに入ってお昼ご飯を一緒した。好みの似ている私たちは、メニューの中から選ぶものも同じだ。「石 (ピエール) と歩みを共にする運命」の女友達に、夏のヴァカンスに南仏の海で拾ったきれいな石と貝をあげた。子供じみたこのプレゼントを、アデルはしかしとても喜んでくれた。