Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Une feuille morte

お昼時、息子を迎えに家を出る。

 

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すたすた道を急いでいたら、黄い葉っぱが頭上からひらひら降ってきて、ちょうど掌の上に止まった。見上げると、背の高いプラタナスの並木にまだ半分くらい葉が残っている。黄色い花が花びらを散らすように、時々風に乗って舞い落ちて来る。風情のある季節だなと思う。クリスマスツリーの飾りのような丸い実も枝に幾つかぶら下がっている。ひとつ欲しいなと思うけれど、こちらは簡単には落ちてこない。

掌の黄色い枯れ葉は、私の手より一回り小さい子供の手のような形をしている。学校までの道のりを、しばらく秋と手と手を繋いで歩いた。

 

息子の学校は家から3キロ半。しばらく歩いて大通りに出たところで、警官が大勢待機している光景を目前にした。テロの情報が入ったのだろうか?気持ちが一気に緊張する。息子の学校はすぐ近くだ。police と書かれた車が、圧巻なくらいずらりと数珠つなぎに止まっている。でも、よく見るとポリシエ(警官) 達はタバコを吸ったり談笑したりして警戒の気配は薄い。どうやらテロではなさそうだ。そう言えば今朝ラジオで、中学高校の教師陣によるデモがあると聞いたのを思い出す。ホッと胸を撫で下ろす。

それにしてもこのご時世下でデモを決行するのだから、あっぱれフランス人だ。ウイルスへの懸念やテロへの警戒も彼らを引き留められない。いかなる時も、もの申してこそフランス人。

ポリシエ達は、こんな忙しい時につまらない騒ぎで駆り出されて迷惑面をしているかと思えば、たまにこういったシリアス味に欠けた仕事に動員される事にどこかホッとしている風でもある。のんびりテイクアウトのカフェを啜ったりしている。常に冷徹さを求められる職業だけれど、彼らにだって弛緩は必要。生身の人間なのだから。

 

街は、カフェもレストランも窓ガラスの向こうに椅子を高く積み重ねて戸を閉ざしている。ミュゼもシネマも閉鎖。基本的に開いているのはスーパーや食料品店といった生活必需品を扱う店だけ。その仲間入りをして、必需品然りとした顔でワインカーブはちゃっかり開店している。いかにもこの国らしい。娯楽が無くとも昼間の人手は普段と変わらない。目下、本屋や花屋を開店させるか否かが話題になっている。本や花は私達の生活に必要不可欠か否か?個人的には oui と言いたいところだけれど。それに加えて、ノエルが近付くに連れ、オモチャ屋を開けるか否かの議論もちらほら聞こえ始めたこの頃だ。

外出制限は長引くだろうと噂されている。私の生活はと言うと、普段とさして変わりない。ママンになってからというもの、すでに半分は外出制限生活を送っていたようなものなのだと気が付いて苦笑してしまう。

 

色気を排除したようなパリの街。日々空のグレーが濃度を増す季節。紅葉した街路樹が一手に舞台美術を担っている。