Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Un week-end hivernal

昨日の土曜は、久々に女の子3人かしまし朝のお茶会を決行した。

 

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集まったのはいつもの仲良しメンバー。考えてみたら今年に入って初めての総会だ。と言うのも、キャロリーヌのお館は改装工事中、ユキさんは再就職してから忙しく、我が家はウィークデーは夫がテレワークで在宅、週末は息子にベッタリといった具合、カフェは軒並み閉鎖、おまけに18時以降は外出禁止とあって、なかなか共通の空き時間と集合場所が見つからなかった。このまま新たなロックダウンに突入してしまわないうちに集まろうということになり、ようやく土曜の朝に改装工事が休みのキャロリーヌ家に集合することで話が決まった。

 

相変わらず外出制限下にあるこの頃は、ろくに人と会って話をしない日々だ。家のこと子供のことで忙しくて、良くも悪くもそんな自分の生活を顧みることも無かったけれど、久々にキャロリーヌの家のベルを鳴らし、彼女の足音が近付いてきて門が開き、笑顔が覗き、私を招き入れ、濡れた傘を畳んで玄関に置いて、廊下の奥の暖かいサロンに入ると今度は先に着いていたユキさんの笑顔があった。いつもの顔触れだ。ホッと心が緩む。

誰にも会わなくとも充分に忙しいと思っていたけれど、いや、思うようにしていたけれど、本や日記やヴァーチャルの世界が欠けた部分を補っていたけれど、やっぱり本当は人に会いたがっていた自分が居たことに気が付く。

 

キャロリーヌはパートナー氏とそれぞれ棲家を別にして暮らし始めた。通い婚とでも呼べるだろうか。普段はそれぞれの家でそれぞれの生活を送り、時々必要に応じて家族が集合する。ここまで辿り着くのに道中色々あったけれど、結果的に2人は喧嘩仲にある訳では無い。双方の便宜を考えた懐柔策を取った次第だ。まるで同棲する以前の恋人のような関係。恋人時代と違うのは、恋心が家族愛と呼ばれるものに取って代わっているところ。彼女と彼の間にある家族愛は今や限りなく友情に近い。

 

結局、男女の関係が上手く長続きするには、それぞれ各自のテリトリーを確保するのが理想的だと私達3人の間で意見が一致した。時々旅行などして24時間一緒に過ごす以外は、お互いに羽根を休める自分の巣があったほうがいい。そうすればケンカをしても出直す事ができるし、都合が合わない所は無理に一方が自分を犠牲にして相手に合わせる必要もない。良い関係を築くのに適度な距離を保つのは大切な事だ。毎日同じ屋根の下に暮らしているとそれが難しい。

 

一人暮らしに不都合を感じるのは、女性よりも男性に多いように思う。特に、一度子供を持ちある程度の年齢に達した女性というのはぐんとパワーアップする。自分の分身 (文字通りの意味で) がこの世に居てくれるから、もう寂しくない。経済力さえ何とかなれば、必ずしも日々の生活に男性の存在を必要としないどころか、お世話係はもう懲り懲りと言い放つ女性も少なくない。毎日一緒ではなく、時々デートできる素敵な人が居るくらいが理想なのだ。

 

それにしても、アンティークショップのようなキャロリーヌのお館は、あちらこちらに年季の入った面白いものが転がっている。解体された古いシャンデリア、色褪せて魅力の増した美しいお菓子の箱、バラの絵柄が優雅な扇子、掘り出し物の銀細工の食器、エトセトラ、エトセトラ。その一つ一つに彼女のエピソードがある訳だから、この場所はちょっとした「お話ミュージアム」でもある。

ついでに改装中の部屋の進み具合も見せてもらい、私はそこにポツンと置いてあったサイドテーブル風の古いストーヴ (poêle Godin) が一目で気に入ってしまった。さめたトルコブルー色の陶製で、花の透かし模様が施されている。これも売るつもりなの?と訊くと、私の意を察して「残念ながらそれは気に入っているから譲れないの!」との返事。Dommage...!

ヴィクトル・ユゴーが亡命中に住んでいた家にも、最上階のガラスの間にこんなストーヴが置いてあった。一昨年の夏に訪れたイギリス領の小島にある家だ。冬はその小さなストーヴに火をくべて作品のアイディアを温めたに違いない。

 

 

翌日の日曜の今朝は、羽毛のようなボタ雪が降った。舞うように降下するので空中でのその姿を確認できる。着陸するとすぐ溶けてしまうから積もることはなさそうだと言うと、息子はとてもがっかりしていた。

あれは私が3才の冬。たくさん積もった雪を娘に見せてあげようと計画した両親が、車でとある寒冷地の宿に連れて行ってくれた。そこには大きな暖炉があって、パチパチと燃える火と、その横にぶら下がった見慣れぬ火かき棒や吹子といった道具と、バスケットに入った薪と、3匹のコブタの丈夫な家を思わせるレンガの壁と、自分の身長の半分くらい積もった真っ白な雪は、今でも忘れない。

暖炉のそばで気の合う人とお茶を片手にお喋りしたり、寝そべって本を読んだりするのが私の思い描く究極の幸福であるのは、そんな思い出があってのことだろうか。