Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Pause midi dans son cabinet

ランチボックスをぶら下げ、メトロに乗って昼時のサミアに会いに行った。

 

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チャイナタウンの外れにそびえる、パリには珍しい高層アパルトマンの29階。約束の13時ピッタリに到着し、教えられた部屋番号の呼び鈴を鳴らした。

 

ドアが開くとそこは急にパーッと明るく、雲のたくさん浮かんだ空を背景に、眩ゆい後輪に照らされているかのようなサミアが笑顔で立っていた。マグリットの空に紳士が浮かんだ絵みたいだと思った。

部屋の奥が一面ガラス張りの窓になっていて、玄関のドアを開けた途端に南向きの空が一望できる作りになっている。日当たりが素晴らしく良いので、床や棚の上にいくつも配置された植物の鉢が勢いよく茂って、まるで小さな高層空中庭園のような空間だ。このキャビネット (診療室) で彼女は心理カウンセラー (pchycologue) として週の半分働いている。残りの半分は、精神分析医 (pchychanaliste) として近所の病院に通っているそうだ。

 

私はこのシコローグとシカナリストという職業の違いがイマイチよく分からないのだけれど、簡単に言うと前者は誰でもカウンセラーの対象になり、後者は主に病的な状態にあると診断された人達のカウンセラーに当たるようだ。人の心の動きに興味を寄せる彼女にとって、自他ともに認める天職なのだ。

 

そんなサミアのポーズミディ (pause midi / 昼休み) の1時間半を、空を眺めながらテーブルを挟んで過ごした。さながら空中お食事会。パリの建造物は低層が多いので、周りの建物の屋根が遥か下方に見える。

私もサミアも植物を愛するので、その名もBotanique という看板を掲げるレストランで Bento のテイクアウトを頼んで持って行った。わくわくしながらペーパーボックスを開けると、中には色とりどりの根菜のタルト、ヒヨコ豆とレンズ豆のサラダ、焼きリンゴと焼き菓子が入っていた。タルトの上には花びらまで載っている。ここは女の子同士、いちいちキャーキャー言いながら嬉々として賞味した。

 

サミアには学生時代からの恋人エリックがいる。いや、数年前に思い立って電撃結婚しているので、正確に言えば2人は夫婦だ。フランスでは籍を入れずに既婚同然の生活を送るカップルが非常に多いので、初めから子供をもうける意図のなかった「自由な性格の彼ら」の結婚は、仲間の私たちにとって少なからず意外な出来事だった。

 

同じ屋根の下に暮らした年数を数えるともう20年を超える長い付き合いの2人だ。数年前からはパリ郊外の居心地良いアパルトマンで一緒に暮らしていたけれど、何を思ったかエリックは最近出身国のノルウェーに本帰国してまった。一方のサミアはパリから動く様子がない。以来、2人は頻繁に行ったり来たりしているという。それから「毎日膨大な量のメッセージを書き合っている」らしい。ふたりの間に相変わらず愛があるのは確かだ。双方、違う人に気が移った訳でもない。ただ、「子供を育てるわけでなし、ずっと一つ屋根の下に暮らす理由が見当たらないと思うようになった」のだと言う。なんとなく言わんとする気持ちは分からなくもない。「だって今の世の人生は長いものね。下手すると100歳まで一緒ってことにもなりかねないから、ずっと同じ空間に暮らしているとさすがに息切れしそう!」と、笑い合った。相思相愛ながらも、ずっとこの調子で離れて暮らしていくつもりなのか、いつか元の鞘に戻るのか、それは本人達にも分からない。ただ、今のところは現在のスタンスが両者にとって居心地良いらしい。

 

エリックは、どこか母性的な側面を持った珍しいタイプの男性だ。サミアの分まで、掃除も洗濯も料理も片付けも、昔から文句一つ言わず全部やってくれるのだと言う。それがかえって息苦しいと感じる事があったと言うので驚いた。まるで自分がお世話の必要な子供のように感じられた、と。彼は仕事も出来る人で経済的に余裕があり、一緒に旅行に出たりすると「私の財布からは一銭だって払わせてくれないの」と苦笑する。人には羨ましいと言われるけれど、独立心の人一倍強いサミアは複雑な思いだったようだ。依存を嫌う彼女は、もっとフェアな関係を望んでいたのだろう。いつまでもお母さんと暮らしている娘のような気分だったのよ、と語る。そんな娘が家を飛び出してようやく自立を果たしたのが、言ってみれば今の状況なのだろう。どう?何から何まで面倒みてくれる人と離れて自由な気分?それとも、後悔することもあるの?と聞くと、自分はまったくバカだと思うこともあるわ!と笑う。「エリック母さんが懐かしいってね。」それでも、当面は今の自由を手放す気はないらしい。カップルにも色々あるものだ。

 

縁の下の力持ちの奥さんを持ち、生活のことは全て彼女に任せて、ひたすら出世に邁進する男性は世に数多く存在する。サミアだって自分の仕事にただならぬ情熱を持っている訳だから、ここは献身的なパートナーの恩恵に預かって、稼いだ時間で論文や研究にのめり込めば良かったのでは?と訊くと、そうかも知れないと呟いてからちょっと黙った。自分は女だから、きっと心理的な構造が違って男性のようにはいかないのだ、何もしない自分に不本意ながらも罪悪感が湧いてしまうのだ と言う。キャリアウーマンの彼女がそんな事を言うとは思わなかったので驚いた。

 

春にも休暇を取って彼女はノルウェーに渡る。ウィルス感染を調べるPCRテストを5回も受けさせられるのよ!とうんざりしていた。鼻が真っ赤になりそうだ、と。フランス離陸前に1回、ノルウェー着陸直後に1回、その後2週間の隔離を行った後、滞在中に更に2回、帰国時に1回といった具合。特にノルウェー側がフランスを信用しないのだと苦笑する。遠距離恋愛に思わぬ障害だ。

 

お食事会の最後は、私の手作りのささやかなデザートで締め括った。デーツの上にクルミとオレンジピールと塩の結晶を載せたものをサミアのお皿に載せると、セジョリー (綺麗ね) と感心した様子で、珍しい蝶でも眺めるようにしばらく黙って見入っていた。サミアとは古い仲だ。彼女の琴線に触れる事は予想していたけれど、気に入って貰えて嬉しかった。