Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Soyons féminines

買い物中にイザベルにバッタリ会った。

 

f:id:Mihoy:20210211231121j:image

 

後ろから名前を呼ばれ、久しぶりね、会えて嬉しいわぁ!と再会を喜んで挨拶し合うけれど、実は彼女は同じアパルトマンの上の階に住んでいる。それなのに、ここのところ全く顔を合わせなかった。お互いにそれぞれ小さなバリアの中で暮らしているような毎日だ。近況を伝え合い、しばし立ち話に興じた。

 

以前服飾デザインの仕事に就いていたイザは、古風で絵になる黒いミシンを持っていて、布製のものは何でも器用に手作りしてしまう。服もクッションカバーもカーテンも。もちろん、マスクも。ところが、つい先日から公共の場での「手作りマスク」はご法度になってしまった。息子の学校でも、フィルター効果の高いカテゴリー1に属する市販のマスク着用が義務付けられた。更に数日前のラジオでは、メトロやバスの中では喋ってはいけない という政府からの勧告も流れて「そこまで?!」と驚いたけれど、その後その話はめっきり聞かない。だいたい、自由の民フランス人にそこまで徹底した処置が受け入れられる訳がないのだ。

 

イザベルのマスクも極限られたケースでしか使用できなくなった。そんな話しをしながら、どちらにしても現在の状況にはいい加減にウンザリという顔をして見せた。

彼女は今日も瞼にうっすらシャドーを入れている。子供を近所の学校に送るだけでも、ささやかなアイメークを欠かさない。オシャレは自分の為にあるのだ。

アパルトマンだって、例え来客の予定がなくてもイザの家はいつも隅から隅までピカピカなのだ。不意に用事があってドアを叩いても (抜き打ち検査をしても?)、いつも感心するほど整っている。見習わなくちゃ。

 

おしゃべりの後、サリュー!チャオチャオ!と言い合って彼女と別れ、スーパー Monoprix で買い物を続けていると、聞き慣れない店内放送が流れた。家庭内暴力から女性を守ろうという内容のキャンペーンだ。こんな場所でこんな放送を始めて聞いた。

 

今私たちが生きているこの特別な時代は、後世の人達の目にどんな風に映るのだろうと時々考える。時代の特徴は、往々にしてある程度遠ざかってみないとハッキリしないものだけれど。

最近、フランスのフェミニシッド (féminicide 女性殺害) の数が大きく減少したというニュースを聞いた。 #Me Too 運動を皮切りに、未成年者や女性への性的虐待や暴力の告発が相次いでいるこの頃だ。日々新しい告発を耳にすると言っても過言ではない。フランスの著名な作家を告発する実話小説 Le consentement が話題を呼んだかと思えば、数日前からは有名な俳優がリストに挙がって世間を騒がせているといった具合だ。

人類が更なるヒューマニズムを目指すためには、その半分を占める女性の立場の見直しは避けて通れないのだと思う。私たちは今、そんなフェミニズムの節目の時代に立ち合っているのかも知れないなと思う。