Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Reine Chrysanthème

あちらこちらにまだ薄ら雪を残して、外はとっても良いお天気。

 

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昼間のニュースで、フランス人の117歳のシスターの女性がテレビに出演していた。なんと、コロナに感染したけれど無症状であったそうだ。

頭をちょっと傾げた姿で車椅子に座っている。目は半分つむったようにして、グレーの修道服に身を包み、うりざね顔の肌は白く、まるでリュクサンブール公園にある白い石の彫刻像のようだ。ご高齢とは言えお元気で、とても117歳には見えない!

「天の神さまは、貴方が地上にいらっしゃるのをすっかり忘れておられるようですね」と、インタビュアーがユーモアを効かせると、「ええ、私は毎日主を呼んでいるのですけれどね、なかなかお呼びが掛からないのです」と返す。頭も口調もしっかり明瞭。バンザイ117歳!

その健康と長生きの秘訣はなんだろう?修道院での規則正しく心穏やかな生活だろうか。厚い信仰心、つまりは神へのパッションだろうか。

日本の父や、親戚や、お世話になった親愛なる方々にも、健やかに長生きしていただきたいもの。ことに、簡単には会いに行けない今日であるから。

 

外遊びから戻った息子が、玄関で「ママ見て!面白いものを拾ったよ」と言うので覗いたら、手袋をはめた掌の上に、ところどころ透けたレースのような薄氷を何片も載せていた。まだあどけなく可愛らしい彼だ。

もっと自然のあるところに生活していたら、こういう「面白いもの」をきっと日々たくさん発見していただろうに。もうすぐそんな貴重な「発見する年齢」を通り越そうとしている息子だ。彼が根っからの都会っ子であるのは生まれ持っての性質ではなく、私に責任があるのだと今更のように思った。

 

ところで、今日は巷は Saint Valentin の日、すなわちヴァレンタインデー。

日本とは逆にフランスでは男性が女性に花を贈ったり、カップルの間で乾杯したり、ちょっとした食事を楽しんだりする恋人達の日だけれど、実はこれと言って大したイベントではない。ささやかな日。特に何もお祝いらしいことをしないカップルの方が多いくらいかもしれない。朝のキッチンでカフェを淹れながら、サン・ヴァロンタンおめでとう!と言い合ってビズをするくらいが一般的なようである。

それでも、朝の台所で作業をしていると、ラジオから盛んにサンヴァロンタンと聴こえてくる。こんなご時世だもの、ウイルス以外の明るい話題に力を入れたくなるのが人情だ。

「男性視聴者のみなさーん、今日はサン・ヴァロンタンですね!大切な女性に何を贈りますか?」と高らかな声が爽やかに響き渡った時、夫はそのすぐ横でちょうど冷蔵庫の中身を覗き込んでいるところだった。ロマンチックはことごとく苦手な彼だ。台所で私たちは夫婦揃ってぎこちない思いだった。彼は黙って冷蔵庫を閉めながら、しまった、まずいところに居合わせた!と思ったに違いない。私とても、別に情報を選んで流した訳ではなくってよ!と、無言の弁解。

しばらく後、買い物から帰った夫の手には大きな花束があった。どうしたの?何があったの?と駆け寄ってきて目を丸くする息子が可笑しかった。

 

昔からいつもこの人は、私が一番選ばなさそうな派手なブーケを選ぶ。もちろんそんなことを言っては申し訳ないので言わない。花を貰うだけですでに無条件に嬉しいのだけれど、夫はいつも、濃い極彩色の、その上出来るだけ色数の多い、面白いチョイスをする。今回の花束も、赤いバラと黄色い菊と青いトルコ桔梗と白い百合にピンクのワックスフラワーというちょっと首を捻るような組み合わせで、例によって彼らしいセンスだとニヤリとしてしまった。

そんなブーケの花々の中で、グラデーションの効いた大輪の菊が一輪、花の女王であるバラに負けずとも劣らぬ存在感を放っていた。

ヴァレンタインデーに菊。フランスではそれも有りなのだ。

Merci pour les fleurs !