Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Planète verte

春休みも残すところあと3日。


f:id:Mihoy:20210425063615j:image

 

午前中、のんびりと遅い朝食を済ませ、さてそろそろ残りの宿題でも片付けさせようかと腕をまくっていたところ、息子は壁時計に目をやって、「でもママ、もうすぐトマぺスケのロケット打ち上げの時間!」とのたまう。

言い訳のような気がしないでもなかったけれど、さにあればとテレビを点け、ソファーに陣取り、宿題は棚に上げてフロリダからの実況中継を見守ることにした。何を隠そう、私もフランスの国民的スター、トマ・ぺスケ氏のささやかなファンなのだ。少し眠たげな目をした、静かな表情の人だ。

 

今回の宇宙船に搭乗する4人の宇宙飛行士のうち、1人はフランス人、1人は日本人、残る2人はアメリカ人。フランスに住む日本人としては、なんとなく見逃せない気分だ。

 

テレビの解説によると、日本人飛行士は Aki さんという方らしい。今回の宇宙の旅のリーダーだ。名前から察するに女性かと思ったら男性だった。調べると、星出さんという名前。ロケットに乗って自分の星から今まさに出ようとしている星出さん。なんてピッタリな名前!

 

メテオ・ファンタスティック!(Météo fantastique ! 最高の天気 ) と、テレビの解説者は繰り返す。快晴で、最高のロケット日和だ。

今回のロケットの一階部分はリサイクルだそうだ。新品でないところが目新しい。何でもリサイクルの時代。

そう言えば数日前、確かフィガロ紙に、世界初の観光客用の宇宙船の写真が載っていた。既にスタンバイが整っているとのこと。まさにSFの世界そのもの。私達はすでにフューチャーに生きているのだ。そのうち、蜜月旅行に本当に月に行ったりする時代になるのだろうか。その頃、息子はどんな大人になっているのかしら。

 

打ち上げはフランス時間の11時49分に行われる。テレビ画面にはカウントダウンが表示され、ロケットは機体から盛んに白い煙が上がっている。

機内で待機する宇宙服姿の飛行士達の姿も映し出された。座った姿勢で体ごと上を向いてシートに固定されている。これから飛ぶ宇宙の方向を見ている。緊張をほぐすためか、時々手や指先を動かしているのが伺える。顔の表情はヘルメットでよく見えない。彼らはこれから半年近く地球を留守にする。宇宙のどこに行くの?と聞くと、夫が「国際宇宙ステーション」と答えた。新鮮な言葉だ。宇宙の駅。幼稚園の頃に夢中になった「銀河鉄道999」の世界だ。

 

画面で遠目に見る打ち上げは、オレンジ色の夕日が空に登っていくようだった。シュールな光景を見守る。

カウントダウンに代わって、今度は画面にロケットの時速が表示された。みるみるスピードが上がってゆく。時速 5000km、6000、7000、加速が止まらない。とうとう27000km/hまで達して、ようやく落ち着いた。とうてい想像も付かない速さ。

 

宇宙に旅立った人たちが、皆一様に私達の星の美しさに心を打たれるのは想像に難くない。前回の宇宙飛行でパスケ氏の目に映った地球は、果たして美しく、そして痛ましい姿をしていたと言う。救わなければならないと切に思ったそうだ。

 

パスケ氏の私生活に関する某ゴシップ雑誌の記事なるものを見かけ、思わず目を通した。

結婚相手の女性とは、年に2度くらいしか会わないそうだ。亭主元気で留守がいいとは言うけれど、究極の例。なかなか会えないどころか、これ以上離れた長距離恋愛も他にない。そもそも、お相手の女性はフランスにさえ住んでいないと書いてある。なになに?と好奇心に駆られて読み進めると、彼女はイタリアの国連で農業における環境問題に携わっているとあるではないか。そう、この星を救おうとする活動に関わる1人なのだ。ゴシップ的な好奇心がすーっと引いて、真っ直ぐ深く腑に落ちた。同じパッション、同じ使命で結ばれた夫婦なのだ。Loin des yeux, près du cœur (目に遠く、心に近く)という、いかにものろけた記事のタイトルが、急に真摯に心に響いた。

 

 

ロケット日和は同時にピクニック日和だ。

昼時、友人ギレンヌと近所の公園で待ち合わせ、子供達も一緒に草の絨毯の上で食事を取った。爽やかな季節。地上から眺めてもこの星は美しい。

 

彼女の家の近くでブーゲンビリアの鉢の安売りをしていると言うので、その後散歩がてら一緒に買いに行く。ギレンヌのご両親はカリブ海に浮かぶ島の人。私の母も南の島の人。ブーゲンビリアは私達の子供時代のヴァカンスの共通項だ。それぞれ一鉢ずつ腕に抱えて陽気な気分になり、帰り道はそんな話で盛り上がった。通り過ぎる人達が立ち止まっては、南国の花をほめてくれた。

 

馴染みのあるブーゲンビリアという名前が、実はフランスのボタニストの名に由来しているのだと初めて知った。今日から我が家のバルコニーに仲間入りだ。小さな一鉢だけれど、私の頭の中ではどんどんみるみる茂って、すでにピンクの花咲くアーチになっている。そう、一番速いのはロケットでも光でもない。瞬時の想像力なのだ。

 

頭の上ではパスケ氏の一行が空の彼方を回っている。私は地上で、取り敢えずバルコニーの緑を大事に育てていこう と思った。