Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Miam miam Tokyo

それにしても、日本は美味しい。

 

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久々の日本は、特につくづく美味しい。

これは私が日本人だからそう感じるのかどうか分からないけれど、健康的なものも、そうでないものも、この国の食べ物はとにかくみんな美味しい。

 

山梨のNさんから手土産に頂いた本場の手打ち蕎麦とか、美食家のRちゃんに連れて行ってもらった日本橋の老舗茶房のお上品なジャコ入り海苔弁当とか、そういったいかにも体に良さそうなものも勿論美味しいけれど、目を見張るべきは、いわゆる「不健康な」食べ物の抗い難い魅力だったりする。

 

実家に到着して、父の台所の観音開きの戸棚を覗いてみたら、あまり体によろしくなさそうな食べ物が呆れるほど出てきた。

赤や黄色の派手なパッケージのインスタントラーメンに、昔から父の好物のカリントウ。油のしっかり染み込んだ歌舞伎センベイに、安いバカウケ煎餅。クッキーにポッキーにキャンディー。いい歳をして、相変わらず暴食グセのある父だ。

「お父さん、こんなものばっかり食べてちゃ体に悪いじゃない」と口を尖らせて咎めながら、父の胃袋に入る分を減らすべく、娘はせっせとそれらを自分のお腹に収めたりしている。果たして、これも親孝行と呼べるのかしらん?

 

それにしても、トーキョーの夜中の台所で、家族が寝静まった頃、電灯を一つだけ灯した半暗がりで、小鍋でこっそりグツグツと茹でるインスタントラーメンは、どうしてこんなに格別な味がするんだろう。昔も今も。

 

眠れない夜更けに、サンダルを突っ掛けてふらりと表に出て、街灯に誘き寄せられる夏の虫のように蛍光灯の白々と眩しいコンビニに吸い寄せられては、原料名の欄にカタカナのいっぱい並んだ食べ物を買い求めて、ケミカルな味のアイスや奇妙にふわふわのシュークリームなんかを頬張ったりする時の、あの独特の愉快感と言ったら。

大都会トーキョーには消費する選択肢がとにかくいっぱいあって、そんな誘惑が24時間絶えないことへの興奮と、必ずしも自分にとって良くないものさえ選ぶ自由がある、そんな少し穿ったところがオツなのかも知れない。人工的で不自然な食べ物への興味とか好奇心とか、真面目でないものの面白さや、遊び感覚がクセになるのかも知れない。それもこれも、きっと普段の食生活がまともであるからこその「スペシャル感」であるに違いないけれど。

 

この日本滞在中に、焼き目のしっかり付いた餃子とか、ジューシーなカツ丼とか、脂の乗った鰻や新鮮なネタのお寿司や繊細な和菓子も食べたいけれど、この際、ジャンキーなものも併せて全部食べ尽くして帰りたい気分だ。

食いしん坊にとって、3年ぶりの日本はなかなかキケンである。