Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Queen & green

日々の記録を更新する暇もないうちに、東京からパリに戻って早くも3週間。

 

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昨夜から急に秋らしくなった。新学期のダンスを踊っているうちに。9月恒例のバタバタを、私は敢えて「ダンス」と呼ぶことにしている。文字通り、朝から晩まで忙しなくステップを踏んでいるような日々だから。

 

午後、キッチンで久々に点けたラジオで、イギリスのエリザベス女王のご容態が悪化しているというニュースを耳にした。目先の事で手一杯で、世界情勢なんて全く把握していないこの頃だった。

夕方、テレワークを済ませ、居間のソファーで携帯を片手にニュースを見ていた夫が「あっ」と声を上げた。女王がこの世を去られたのだ。

一世紀近く続いた生涯。在位70年。もう少しで、72年間君臨したフランスのルイ14世を抜くところだったのに。ご高齢ながら顔色も良く、色鮮やかな装いで大衆の前に姿を表すエリザベス女王は、いつの頃からか不死身のような気さえしていた。

 

隣国の女王様に特別な思い入れがあったのかと言えば、ウイともノンとも言える。実権を握らないシンボルとしての存在とは言え、王様ではなく女王様であるところが個人的には好ましいなと思っていた。フランス史上には、表立って話題になるような女性のトップがほぼ皆無なことも手伝って。

 

もう一つには、母から昔譲り受けた一冊の本のことを思い出していた。「もしもエリザベス女王のお茶会に招かれたら?」というタイトルの、英国式ティータイムのマナーブック。そのうち女王様のガーデンパーティーにお招きにあがりたいものだと夢見たっけ。

そんな夢を見たことも忘れているうちに、いつのまにか時は過ぎて、とうとうガーデンパーティーには招かれ損ねてしまった。

私は、何かを掴もうとしても、指の隙間から砂がサラサラ落ちてゆくような下手な時間の過ごし方をしているような気がする。

 

 

それ以外のことといえば、相変わらず息子三昧の日々だ。

この夏、身長を1センチほど抜かれた。この先もっと大きくなったら、もう可愛がれなくなってしまうのだろうかと思案 (懸念?) している。

 

今日は2通の便りが届いた。伯母からのメールが一通と、この夏休みにとうとう会えなかった従姉妹から手紙が一通。便箋の上に懐かしい字体。とても嬉しい。

 

2ヶ月も家を留守にして、植木のいくつかをすっかり枯らしてしまったので、近所のスーパーで見かけたコーヒーの木とシダの小さな鉢を買って充足する。キッチンの流しの横に小さなシダを置いて作業をしながら、ふと、横に明らかな生の存在を感じる。それに癒されている自分に気が付く。

植物は優しい。ものも言わずにただそこに居て、いつでもそっと寄り添ってくれるんだもの。水と光と空気さえあれば、それ以外はなんにも要求しないという欲の少なさ。攻めの存在ならぬ、守りの存在。それでも人間にとって人格と呼ばれるものが、植物にもあるような気がする。心なのか魂なのか分からないけれど。

服や小物なども、なにかとグリーン色のものが気になるこの頃だ。