Ma boîte à bijoux 日々のビジュー

パリでの日々、思ったこと

Baba au Calvados

ババという名のお菓子がある。

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キノコ型のスポンジケーキのようなものを、リキュールやラム酒など燃えるようにアルコール度の高いお酒に浸した、見た目は至ってシンプル、味はこの上なく大人な、しっとりとしたお菓子である。

 

先日、我が家に来客があった。

夫の友人、ピエールがディネ (dîner / ディナー) にやって来たのだ。私は旅行から戻ったばかりで、頭がまだノルマンディーの余韻に浸かっていたので、おもてなしの献立は勝手ながらノルマンディー風とすることにした。

ピエールは珍しく1人でやって来た。彼の伴侶、絵描きのアデルは私の良き友であるが、彼女はフランス東部の実家に子連れで出掛けてしまっていた。春にロックダウン生活とテレワークを強いられたこともあり、「ひとりになるのは実に 6ヶ月振りだ」と、しみじみ何度も繰り返すので、どんな気分なのかと訊いてみたら、Ça me fait du bien ! (爽快だ!) と即答して一同大笑いになった。補足するように、アデルのことは愛してるんだけどね と、のろけてみせるのも忘れない。「それにしても6ヶ月間!片時も離れなかったんだぜ!」子供なし、伴侶なし が、これほど爽快だとは!と、意外な発見でもしたかのようにのたまう。私も夫も「1人の時間」が明らかに必要なタイプの人間だから、ピエールの言は当然というか、今更自分の反応に驚いているような彼が微笑ましいくらいだった。

 

ピエールとアデルにはまだ幼い子供が2人いる。そのうち、上の女の子の方は生まれつき重い障害を負っている。すくすくと成長はするのだけれど、体が全く自分から動かせないのだ。恐らく、一生涯。普通の生活を送ることがどんなに大変な事かは、いくら想像しても想像しきれない。それまでは、学業も仕事も恋も、何不自由なくトントン拍子で、実に調子良くサクサクと生きてきた陽気なピエールだった。不意にひとり身になった夜、ふと自分の現状を距離を置いて俯瞰したのではなかろうか。いつもよりワインに酔う速度も早く、ふとした瞬間がある度に考え深げだった。酔いのせいもあるけれど、古くからの友である夫に哲学的な問いを浴びせたりもした。幸せとはなんだ?とか。

 

苦しみと言えば、私は両親のお陰でそれらしいものを殆ど味わうことなく幸せに生きてきた。そのことについては、いくら彼らに感謝してもしきれないくらいだ。

ようやく親元を離れていい年齢の大人になってからは、事実は小説より奇なりと呼びたくなるような経験や、思いもよらない苦渋を舐めた。ビターの中のビターだ。そんな経験が、人間として成長するのに、果たしてあった方がよかったのか、実は無くてもよかったのか、それは正直言って分からない。でもそのお陰で、ピエールのような人の立場がきっと人よりは容易に想像できるという自負がある。それはピエールも感じたようで、 (いつものように仲間が揃って大人数ではなく) 今夜は面と向かってじっくり話ができて良かった と、去り際に真摯な様子でメルシーを言い残して行った。

 

そうそう、ノルマンディー風の食事については、私は知らなかったのだけれどピエールはノルマンディーの出身であった。だからという訳ではないかも知れないけれど、そういえば彼の家の本棚にはモーパッサンがたくさん並んでいたなと思い出す。私の付け焼き刃のノルマンディー料理「ごとき」は彼の苦笑を誘ったかも知れないけれど、ポンレヴェックのフロマージュとカルヴァドス (ノルマンディーの林檎のお酒) のババには痛く心を動かされていた。ババに至っては、旅行先から瓶詰めを直接持ち帰ったばかりの代物だ。その夜は、季節外れだとは思いながらも、肌寒かったので焼きリンゴを添えてみた。もうお腹いっぱいで苦しいくらいだ!と悲鳴をあげながらも、せっかくだからと手を伸ばし、我らが招待客はそのカルヴァドスのたっぷり染み込んだお菓子に思わず唸っていた。因みにそれを載せたケーキ皿も、Trouville での掘り出し物の19世期のもの。食べ物も、食器も、そしてゲストまでもノルマンディー産 ( ?! )。ノルマンディーを離れてもノルマンディー尽くしのディネであった。